最新記事

世界経済2019:2つの危機

2019年世界経済「EU発の危機」の不気味な現実味

EUROPE IN CRISIS?

2019年1月10日(木)16時30分
ニコラス・ワプショット(ジャーナリスト)

最低賃金の引き上げや燃料税引き上げの延期といった譲歩は、短期的にはフランス経済を活性化させるかもしれない。とはいえ群衆の圧力に屈しては、市場はマクロンの手腕に信頼を持てない。こんな人物に、豊かな北部と貧しい南部、リベラルな民主主義が主流の西部と独裁度や反EU傾向が強まる東部に分裂する今のヨーロッパを率いることなどできるのだろうか──。

有権者の間にどれほど反EU感情が存在するかは、5月に行われる欧州議会選挙で明らかになるはずだ。現時点ではポピュリスト勢力が過半数議席に迫る見込みは薄いものの、ドナルド・トランプの米大統領選勝利やブレグジットを決めた英国民投票、欧州各国議会での極右勢力の台頭が示すように、今は政治的変動の時代。加えて、欧州議会から中道志向のイギリス人議員が去れば、影響力はありながらも権力はあまりないEU機関は不安定と不確実性の波にのみ込まれかねない。それこそ、市場が恐れる事態だ。

EU内部の問題と併せて、世界全体でグローバル化への幻滅が大きな流れになっている。マーガレット・サッチャー元英首相やビル・クリントン元米大統領ら、前世代の指導者が主導したグローバリゼーションは関税を撤廃して自由貿易を促進し、巨大で閉鎖的な中国やインドの市場をこじ開けた。

グローバル化の衝撃は、欧米の半熟練・非熟練労働者にとって特に厳しかった。彼らの存在はアジアの安価な労働力によって不要になり、そのせいで外国人嫌悪や反移民感情が膨らんだ。EUの繁栄をもたらした経済論理の核である労働者の移動の自由は今、かつてない攻撃にさらされている。

ロシアとの戦争が勃発したら

デジタル革命の力で、携帯電話を手にした途上国の市民は先進国との間の富の格差をその目で見ることになった。よりよい生活を求めてアフリカやイラン、アラブ諸国から欧州やアメリカを目指す経済移民が急増し、それがまた欧米の労働者の怒りをあおる。憤る彼らが共鳴するのがトランプ、ブレグジット派、イタリアの五つ星運動などのナショナリズム的な主張だ。

ヨーロッパの覇権を揺るがす難問の山は、つい最近まで続いたEUの繁栄は継続するという確信に疑問符を突き付ける。おまけに、それでもまだ足りないとばかりに、トランプ米政権は自由貿易協定から離脱したり中国との貿易戦争を始めたりしている。欧州の指導者や投資家にとっては、今後も製品・サービスの輸出ができるのかと不安になるしかない状況だ。

最後の懸念材料は、第二次大戦終結以降で初めてヨーロッパで戦争が勃発する可能性が出てきたことだ。ロシアのウラジーミル・プーチン大統領は2014年にウクライナ東部に侵攻し、クリミア半島を併合。2018年11月にはウクライナの艦船と乗組員を拿捕したが、いずれの行動もEUやアメリカからはいわば見逃されている。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

中国国防相、「弱肉強食」による分断回避へ世界的な結

ビジネス

ブラックストーンとTPG、診断機器ホロジック買収に

ビジネス

パナソニック、アノードフリー技術で高容量EV電池の

ワールド

タイ、通貨バーツ高で輸出・観光に逆風の恐れ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「日本を見習え!」米セブンイレブンが刷新を発表、日本では定番商品「天国のようなアレ」を販売へ
  • 2
    中国は「アメリカなしでも繁栄できる」と豪語するが...最新経済統計が示す、中国の「虚勢」の実態
  • 3
    1年で1000万人が死亡の可能性...迫る「スーパーバグ」感染爆発に対抗できる「100年前に忘れられた」治療法とは?
  • 4
    燃え上がる「ロシア最大級の製油所」...ウクライナ軍…
  • 5
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 6
    【クイズ】世界で最も「リラックスできる都市」が発…
  • 7
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 8
    中国山東省の住民が、「軍のミサイルが謎の物体を撃…
  • 9
    中国経済をむしばむ「内巻」現象とは?
  • 10
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 3
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサイルが命中、米政府「機密扱い」の衝撃映像が公開に
  • 4
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 5
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 6
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 7
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    「なんて無駄」「空飛ぶ宮殿...」パリス・ヒルトン、…
  • 10
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 9
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 10
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中