最新記事

世界経済2019:2つの危機

2019年世界経済「EU発の危機」の不気味な現実味

EUROPE IN CRISIS?

2019年1月10日(木)16時30分
ニコラス・ワプショット(ジャーナリスト)

イギリスがEUとの合意がないままEUから離脱すれば、その後のEUとの貿易にはWTO(世界貿易機関)の関税ルールが自動的に適用される。これは英経済に壊滅的な打撃を与え、その経済規模は2030年までに3.9%縮小するだろう。その一方で、ヨーロッパの輸出も大打撃を受け、ヨーロッパ経済全体が大きなダメージを被るとみられている。

IMFは2018年7月、EUとの合意なしでブレグジットが実現した場合、EUのGDPは1.5%(約2500億ドル)縮小し、雇用は0.7%(100万)失われるとの見通しを示した。また、このダメージから立ち直るには5〜10年かかるとしている。

イギリス以外のEU27カ国のうち、ブレグジットの最大の打撃を受けるのは、対英輸出の57%を失うことになるドイツだ。一方、GDPの減少幅で見ると、ベルギーが最大のダメージを受ける。対EU輸出がほぼ全てイギリスを経由するアイルランドの経済も4%縮小するだろう。これにオランダとルクセンブルクが続く。ただ、欧州復興開発銀行(EBRD)は2018年11月、合意なしのブレグジットの場合、最大の打撃を受けるのはスロバキア、ハンガリー、ポーランド、リトアニアだとの見方を示している。

EUの拡大はほぼストップし、これまで加盟交渉を続けてきたトルコやマケドニア、モンテネグロ、アルバニア、セルビアは順番待ちの列に据え置かれ、自由貿易圏の拡大がEUに繁栄をもたらすのもお預けになる。

かつて、アメリカがクシャミをすると世界全体が風邪を引くと言われたものだが、グローバル化によって世界経済の相互依存が進んだ結果、主要経済圏が鼻風邪を引くと、世界全体がハンカチに手を伸ばすようになった。つまりヨーロッパの貿易が縮小すれば、貿易相手国の経済にも危機が及ぶはずだ。

現在の世界の3大経済圏はEU、アメリカ、そして中国だ。EUは毎年、世界の富の約4分の1を生み出している。人口5億1300万人の1人当たり平均年間所得は3万7800ドルで、域外貿易は中国やアメリカよりも盛んだ。そんなヨーロッパ経済がつまずけば、すぐに世界に影響が及ぶだろう。

リーダーシップも失われて

経済低迷の懸念と同じタイミングで発生しているのが、EUのリーダーシップの不在だ。欧州の政治的統合の暗黙のリーダーであるドイツのアンゲラ・メルケル首相は、任期満了を迎える2021年に退任するとの意向を示している。もはや死に体となった身であり、ドイツは今後3年間、舵取り役を失うことになる。

フランスのエマニュエル・マクロン大統領は繁栄する力強い統合ヨーロッパという明確なビジョンを掲げ、EUにおいてメルケルの後を継ぐ意欲を表明してきた。だが、その彼を国内からの反発が襲っている。大規模な抗議デモを繰り広げた「黄色いベスト」運動を受けて、制約だらけの雇用・貿易慣行を無効化する経済改革の多くは断念せざるを得なくなった。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

FRB理事候補ミラン氏、政権からの利下げ圧力を否定

ワールド

ウクライナ安全保証、26カ国が部隊派遣確約 米国の

ビジネス

米ISM非製造業指数、8月は52.0に上昇 雇用は

ビジネス

米新規失業保険申請、予想以上に増加 労働市場の軟化
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:豪ワーホリ残酷物語
特集:豪ワーホリ残酷物語
2025年9月 9日号(9/ 2発売)

円安の日本から「出稼ぎ」に行く時代──オーストラリアで搾取される若者たちの実態は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【動画あり】9月初旬に複数の小惑星が地球に接近...地球への衝突確率は? 監視と対策は十分か?
  • 2
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニングをする女性、異変を感じ、背後に「見えたモノ」にSNS震撼
  • 3
    「よく眠る人が長生き」は本当なのか?...「睡眠障害」でも健康長寿な「100歳超えの人々」の秘密
  • 4
    「生きられない」と生後数日で手放された2本脚のダ…
  • 5
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体…
  • 6
    【クイズ】世界で2番目に「農産物の輸出額」が多い「…
  • 7
    「あのホラー映画が現実に...」カヤック中の男性に接…
  • 8
    世論が望まぬ「石破おろし」で盛り上がる自民党...次…
  • 9
    SNSで拡散されたトランプ死亡説、本人は完全否定する…
  • 10
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 1
    東北で大腸がんが多いのはなぜか――秋田県で死亡率が下がった「意外な理由」
  • 2
    1日「5分」の習慣が「10年」先のあなたを守る――「動ける体」をつくる、エキセントリック運動【note限定公開記事】
  • 3
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体」をつくる4つの食事ポイント
  • 4
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニング…
  • 5
    豊かさに溺れ、非生産的で野心のない国へ...「世界が…
  • 6
    25年以内に「がん」を上回る死因に...「スーパーバグ…
  • 7
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 8
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害…
  • 9
    【動画あり】9月初旬に複数の小惑星が地球に接近...…
  • 10
    首を制する者が、筋トレを制す...見た目もパフォーマ…
  • 1
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 2
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を呼びかけ ライオンのエサに
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
  • 9
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大…
  • 10
    イラン人は原爆資料館で大泣きする...日本人が忘れた…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中