最新記事

デザイン

不都合や不便を感じるデザインでは、もう生き残れない

2015年11月17日(火)19時45分

 このときのユーザーの行為は、あたふたして照明とスイッチを見比べ、いくつか間違えながら照明をつけたり消したり、周囲の人に謝ったりする、あまり美しくない所作になっています。

 この状況の原因は、認識のしにくさです。建築の用語では天井の方向を天伏(てんぶせ)といい、壁の方向を立面といいます。ユーザー目線で考えると、これは立面にある照明スイッチに天伏の情報が九〇度角度を変えて移動しているので混乱を招くのです。仮にスイッチに番号が振ってあったとしても情報の角度が変わるだけで大幅に認識しづらくなります。

 このときデザインが担うべきは美しいスイッチ盤やつまみの色ではありません。情報をどう見せるとユーザーが行動を止めずにすむか、美しく振る舞えるのかを考える「行為そのもののデザイン」です。

 もしこのスイッチ盤が垂直な壁面ではなく水平に近い角度で設置されていたら、ユーザーは照明の位置を天井に置き換えてもっと連想しやすくなります。また、壁面にあったとしてもデザインで窓側とドアの位置などがわかるアイコンや線で囲んであれば、照明とスイッチの位置を対応させやすくなります。

 つけたい照明がすぐわかるスイッチ盤があれば、ユーザーは「照明をつける」という行為を美しくスムーズに行うことができ、ここでやっと「良いデザインを施した」といえるのです。

 今までのデザインでは「このパネルが美しい」「スイッチがきれいだ」という点が重視されていましたが、私の着眼点はまったく違うところにあります。

 私たちはパソコンを使っているときマウスやキーボードを意識せずに画面を注視しています。たしかに操作しているのですが、スムーズな行為が行われているうちは気づかないものです。しかし、いったん入力できなくなる事態が起こると、行為が止まってマウスやキーボードの存在に意識が戻ります。リカバーのためにキーに注目し、試す、失敗する、やり直すなどの苦痛を味わいます。目的以外のことに時間を取られてしまうのです。

 スイッチの例でも同じです。不親切なデザインはユーザーの時間を奪ってしまいます。最終的には、使う人のスムーズな行為を誘発し、さらに造形自体が主張しすぎない美しいプロダクトが理想なのです。

 常に理想形の開発を可能にするためには、ユーザーがなぜその行為をしたくなるのか、どうして止まってしまうのか、「バグの理由」の事前検証が必要です。検証するプロセスとして上流での工程(プレデザイン)が不可欠になります。つまり、従来のような工程の下流で初めてデザインが論じられるような開発手法では、もはやユーザーの心に響く体験を与えられないのです。

※後編:店頭での見栄えだけを考えた商品は、価値がない はこちら

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

焦点:認知症薬レカネマブ、米で普及進まず 医師に「

ワールド

ナワリヌイ氏殺害、プーチン氏は命じず 米当局分析=

ビジネス

アングル:最高値のビットコイン、環境負荷論争も白熱

ビジネス

決算に厳しい目、FOMCは無風か=今週の米株式市場
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 3

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われた、史上初の「ドッグファイト」動画を米軍が公開

  • 4

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 5

    目の前の子の「お尻」に...! 真剣なバレエの練習中…

  • 6

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 7

    美女モデルの人魚姫風「貝殻ドレス」、お腹の部分に…

  • 8

    19世紀イタリア、全世界を巻き込んだ論争『エドガル…

  • 9

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 10

    ロシア軍「Mi8ヘリコプター」にウクライナ軍HIMARSが…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 6

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 9

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 10

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 3

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 4

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 10

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中