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ドラッカーが遺した最も価値ある教え(前編)

2015年7月22日(水)19時20分

正しいことをせよ

 倫理上の問題に関するドラッカーの教えをまとめると、こうなるだろう――「正しいことをしなさい。なにが正しいかは状況や文化によって変わってくるので、とことん考え抜いて、なによりもまず、害を及ぼさないようにするべきです」

 二〇一〇年、ロサンゼルス近郊のベルという町が全米の注目を集めた。人口四万人ほどの小さな町だ。この町は、選挙で選ばれた市長ではなく、市議会が選任するシティ・マネジャー(市支配人)が市政の実務を取り仕切る制度を取っている。そのシティ・マネジャーが八〇万ドル近い巨額の年俸を受け取っていることが明らかになったのだ。ほかの市幹部たちも法外な高給を得ていて、市議会議員たちも、別に本業をもっており、議会の審議時間は数分程度にすぎないのに、年俸は一〇万ドルを超えていた。その一方で、市民生活に欠かせない業務に携わる末端の市職員たちは、時給換算で九ドルしか受け取っておらず、財政難と不景気を理由に人員整理までおこなわれていた。ベルは富裕層の町ではなく、労働者階級の町だ。この状況が正しくないことは、誰の目にも明らかだった。

 ドラッカーは二〇〇五年に世を去ったが、四〇年前にすでに、経営者が突出して高い報酬を受け取ることを倫理に反すると指摘していた。どうして、アメリカ企業のCEOは、末端の従業員の三〇〇倍もの報酬を得る必要があるのか?(ほかの国ではたいてい、その割合は二〇倍程度までにとどまっている)ドラッカーは、この不均衡が企業と産業界と社会に大きな害を及ぼしていると批判し、それを是正すべきだと主張していた。

 高額報酬を擁護する人たちに言わせれば、高給は優秀な人材を獲得するために欠かせないという。また、経営幹部たちは会社に莫大な利益をもたらしているので、それだけの報酬を手にする資格があると、擁護派は主張する。しかし実際には、会社の業績がよかろうと悪かろうと関係なく巨額の報酬を得ていると、ドラッカーは喝破した。みずからの報酬に枠をはめようとする経営者はほんの一握りにとどまる。大多数の人はそういうことをしない。アメリカ社会はいずれ、この途方もない不公平を放置したツケを払わされるだろうと、ドラッカーは言っていた。多くの企業幹部はこの指摘に激怒し、社会の多くの人たちもこの問題を深く考えようとしなかった。私たちがドラッカーの言葉の正しさを思い知らされたのは、二〇〇八年に大不況が始まったときだった。

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