最新記事

アメリカ経済

低賃金の幻想が経済をダメにする

「不景気だから低賃金で当たり前」という経営者たちの勘違いを正す好機

2013年8月26日(月)16時03分
ダニエル・グロス

実感なし 景気が上向いてきた今も、労働者は停滞ムードのままだ Sarah Conard-Reuters

 インフラや教育への投資を通じて中間層を支援し、経済成長を目指す。オバマ米大統領は今年7月、イリノイ州のノックス大学での演説でそう語った。

 これを皮切りにオバマは全米各地を遊説し、医療保険制度改革、人材・インフラへの投資、再生可能エネルギーなどおなじみの課題を語るだろう。

 しかし彼が提案する政策の多くはいくら内容が良くても、議会の共和党勢力に阻まれて実現が難しい。それならこれを機に、現実的に取り組める「低賃金問題」を論じるべきではないか。

 ほかの国々に比べれば、アメリカ経済ははるかに好調。GDPは4年連続でプラス成長だし、株式市場は金融危機からすっかり立ち直り、米企業の収益と現金保有高は史上最高水準にある。輸出は好調、住宅価格は上昇を続け、雇用も増加と結構なことずくめだ。

 これは量的緩和策に助けられた面もあるが、企業が事業再編や市場の開拓に邁進したこと、国民が借金をしっかり返済しながら消費を続けたことも大きい。

 ところが、なぜか人々は今も沈滞ムードだ。ニューヨーク・タイムズ紙の調査では、米経済の調子が「いい」とみる人は39%まで増えたが、「悪い」は60%もいる。

 最大の問題点は、需要不足と賃金低迷にあると考えられる。

「今の賃金で十分」という経営者の幻想

 雇用統計によれば、民間部門では10年以降に約700万人が新たに雇用された。ところが報酬はまったく伸びていない。世帯収入の中央値は09年の水準を下回り、インフレ調整後の実質所得は95年と同程度。経済がまともに機能している国なら、こんな事態にはならないはずだ。

 米経済の病理はそこにある。つまり、行動規範と優先事項の問題だ。企業経営者は、従業員の報酬は今のままで十分だという危険な幻想を抱いている。労働市場が低迷するなか、賃上げなど無用という考え方だ。

 彼らに、反対意見を言う人もいない。労働組合は存在感ゼロで、投資家は関心ゼロ。金融関連メディアは賃金問題に触れようとせず、政治家も右に同じだ。

 企業は手元に潤沢な資金が残ると、たいてい投資家や株主に還元しようとする。配当金の支払い、自社株の買い戻し、CEOの報酬アップという形でだ。

 筆者は企業のCEOたちに対し、手元資金があるなら賃上げをしたらどうかと何度か提案した。だが彼らは決まって、こちらが化け物か何かのように見詰めてくる。あまりにも想定外の提案だからだろう。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

プーチン氏、一部の米提案は受け入れ 協議継続意向=

ワールド

韓国検察、尹前大統領の妻に懲役15年求刑

ビジネス

英サービスPMI、11月は51.3に低下 予算案控

ワールド

アングル:内戦下のスーダンで相次ぐ病院襲撃、生き延
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇気」
  • 2
    大気質指数200超え!テヘランのスモッグは「殺人レベル」、最悪の環境危機の原因とは?
  • 3
    トランプ支持率がさらに低迷、保守地盤でも民主党が猛追
  • 4
    日本酒の蔵元として初の快挙...スコッチの改革に寄与…
  • 5
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙す…
  • 6
    コンセントが足りない!...パナソニックが「四隅配置…
  • 7
    若者から中高年まで ── 韓国を襲う「自殺の連鎖」が止…
  • 8
    【クイズ】日本で2番目に「ホタテの漁獲量」が多い県…
  • 9
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 10
    海底ケーブルを守れ──NATOが導入する新型水中ドロー…
  • 1
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 2
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 3
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファール勢ぞろい ウクライナ空軍は戦闘機の「見本市」状態
  • 4
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体…
  • 5
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果の…
  • 6
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 7
    128人死亡、200人以上行方不明...香港最悪の火災現場…
  • 8
    【寝耳に水】ヘンリー王子&メーガン妃が「大焦り」…
  • 9
    【クイズ】世界遺産が「最も多い国」はどこ?
  • 10
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 4
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 8
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 9
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中