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アマゾンの新端末は新聞を救うか

大型画面の電子ブックリーダー「キンドルDX」に集まる期待と厳しい現実

2009年7月2日(木)17時26分
ダニエル・ライオンズ(テクノロジー担当)

救世主? 「キンドルDX」を発表するアマゾンのジェフ・ベゾス(09年5月6日) Eric Thayer-Reuters

 米アマゾン・ドットコムの電子ブックリーダー「キンドル」はアメリカの出版界に奇跡を巻き起こした。だが、果たして低迷する新聞業界をよみがえらせることはできるか。それこそが09年夏に発売される「キンドルDX」に課せられた厳しい使命だ。

 5月6日に発表された新モデルの予定価格は489ドル。従来モデル「キンドル2」の2.5倍に当たる9.7インチのスクリーンを採用し、雑誌や新聞も読みやすくなる。

 問題はこの大画面がニューヨーク・タイムズや(本誌の親会社である)ワシントン・ポストを救えるかどうかだ。ぜひともそう期待したいところだし、新聞業界の悲惨な現状はテクノロジーの責任によるところが大きいのだから救ってもらうのが相応でもある。

憧れはiTunesストアの成功

 キンドルDXの発表会でニューヨーク・タイムズのアーサー・サルツバーガーJr.会長はアマゾンのジェフ・ベゾスCEO(最高経営責任者)と一緒に登壇した。新聞業界にいる人間は今、わらにもすがりたい心境なのだ。

 課題は単純にしてかなり手ごわい。どのようにしてインターネットで無料提供しているものに料金を課すのか。不可能な話にも思えるが、03年にアップルが音楽配信サービス「iTunesストア」を発足させた際も懐疑論はあった。すべてタダでネットで手に入る時代に誰が1曲につき99セントも払うのかと。だがiTunesストアは08年末時点で累計60億曲を売り上げ、アメリカ最大の音楽小売業者となっている。

 実際のところ、料金は曲ではなく利便性への対価だ。消費者はシステムの信頼性に、無料サイトでよくあるように曲の一部しかダウンロードできなかったりスパイウエアを仕込まれたりしないという安心感にカネを払う。 

 それに「iTunes」という優秀なデータ管理ソフトを使えば、自分の音楽コレクションを管理してプレイリストも作成できる。音楽の楽しみ方が一気に広がる。そこへ顧客は料金を払う。アップルにとって大きな稼ぎになるのは楽曲ではなく、携帯型音楽プレーヤー「iPod」の売り上げだ。

 新聞業界がまねたいのはそこだ。情報自体はタダでも、端末への配信料を徴収するという手がある。出版社がキンドルに夢中で、大手紙を傘下に収めるニューズ・コーポレーションやハーストが独自の端末を開発中と報じられている理由もそこにある。ネットで無料で読める情報でも、玄関ではなく携帯端末まで届ければカネを払ってもらえるかもしれない。端末はいわば「料金所」、コンテンツの提供者が消費者から料金を徴収する窓口だ。

 なかなかのアイデアだ。単に記事を読むだけで終わらせないソフトが開発されればなおいい。例えば、iTunesで音楽コレクションをカスタマイズするように、ニュースを管理・整理できたらどうか。現在の新聞の難点は今日の朝刊と前日までの紙面、あるいは関連資料や同じテーマの競合紙の記事の間に接点がないことだ。読者個人の興味もくみ取ってくれない。これが紙媒体の限界だ。

 しかしニュースを細分化したデータの形で配信すればこうした問題に対応できる。おまけに(新聞のコスト構造の大半を占める)紙と印刷にかかる費用を省けるとなれば、ひょっとすると報道を再び「稼げるビジネス」へ転換できるかもしれない。

業界の存亡をかけた瀬戸際の勝負

 まだ参入していない大物もいる。アップルだ。独自の端末を開発中との噂もあり、期待は高い。美しく、考え抜かれた使いやすい製品作りにかけて最近のアップルは大きく抜きんでているからだ。

 ただ出版元にとって残念なのは、アップルの端末が大きな業績アップの頼みの綱になりそうにないことだ。大抵の場合、おいしいところはほぼアップルにさらわれてしまう。携帯電話「iPhone」の提携通信事業者AT&Tもしかり。iTunesに賛同した音楽会社も結局はアップルの言いなりだ。

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