最新記事

iPhoneからつながる未来

アップルの興亡

経営難、追放と復活、iMacとiPad
「最もクールな企業」誕生の秘密

2010.05.31

ニューストピックス

iPhoneからつながる未来

「高くて遅い」を返上する3Gモデルで、アップルはOSの世界標準をめざす

2010年5月31日(月)12時07分
スティーブン・リービー(テクノロジー担当)

 アップルのスティーブ・ジョブズCEO(最高経営責任者)は、いつも「最後のお楽しみ」を演出したがる。先週サンフランシスコで開催されたアップル世界開発者会議(WWDC)の基調講演でも、最後にサプライズを用意していた。

 携帯電話iPhoneの新モデルが発表されることは、誰もが知っていた。ダイヤルアップ接続よりかろうじて速いAT&TのEDGEネットワークに代わって第3世代(3G)の高速ブロードバンド・ネットワークに対応することも、競合機種に追随してGPS(衛星利用測位システム)機能を搭載することも、今さら驚きはなかった。

 しかしジョブズが用意していた隠し球は、価格だった。初代iPhone8GBモデルの599ドル(後に399ドルに値下げ)に対し、7月11日に世界同時発売されるiPhone3Gは、8GBモデルがアメリカで199ドル(16GBは299ドル)。使い放題のデータ通信料は月20ドルから30ドルに値上がりするが、通信速度が2倍になるのだから妥当な範囲だろう。

 AT&Tの広報担当者は私に、通信料の一部をアップルに払う現行の収益共有の契約ではないと語った。通信料収入の見返りとして、通信会社がメーカーに販売奨励金を払って端末価格の一部を負担するという通常の契約に近い形になる(アメリカでは購入時にAT&Tとの2年契約が必要)。いずれにせよ、iPhoneの高価格にケチをつけていたユーザーにとっても買い替えやすい価格だ(ただし中古市場で、初代モデルはヒラリー・クリントンの大統領選バッジより不人気で売れないが)。

閉鎖的なシステムを断念

 7月の発売まで話題の中心は価格になるだろうが、本当に語るべきなのはもっと大きなことだ。6月9日の基調講演は、ジョブズがiPhoneの概念の転換を公に認めた日となった。世界最先端の携帯電話から、21世紀を制する新しいOS(基本ソフト)となることをめざす製品への転換だ。

 ジョブズは時間をかけて、数百あるアプリケーションの一部を実演した。これらのアプリケーションは新型iPhoneに搭載されるか、iPhone用サイトの「Appストア」で購入できる(音楽・動画配信サイトのiTunesストアと同じ仕組みだ)。

 ソフトウエア開発者を中心とする聴衆に向けて、モーションセンサーやマルチタッチ、地図など充実した搭載機能のおかげでiPhone3Gのアプリケーション開発がいかに簡単かを、ジョブズは努めて強調した。たとえば教師が生徒に自作アプリケーションを配布するなど、少人数のサービスに対応する仕組みも紹介した。

 これらはすべて、当初のねらいを完全に捨て去った証拠だ。マッキントッシュと同じOSを使っているにもかかわらず、ジョブズはiPhoneをかなり閉鎖的なシステムにしようとしていた。

 昨年1月にiPhoneを発表した後のインタビューでジョブズは、汎用コンピュータのような機器よりむしろiPodに近く、ごく少数のアプリケーション(その大半はアップルが開発)しか使えないと説明していた。

 今、コンセプトは一変した。ユーザーにiPhoneの閉鎖性を理解してもらおうと苦労してきたジョブズと開発チームは、はるかに刺激的な展望を受け入れた──iPhoneは今後、クールで生産的な携帯端末アプリケーション開発の最前線となる。

マックの「借り」を返す

 私たちが現在、電話として使用しているこの携帯型コンピュータが、未来の生活を支配するデジタル機器になるであろうことは明白だ。ジョブズは最強の機器を手に、スマートフォン(高機能携帯電話)戦争で、マイクロソフトとリサーチ・イン・モーション(RIM)の連合やノキア、グーグルなどのライバルに挑む機会を得た。

 マイクロソフトがパソコンの世界を制覇したように、携帯情報端末の世界を支配することは可能なのだろうか。それを実現する方法は、ライバルと同じ機能をすべてそなえた機器で大衆市場に乗り込むことだ。

 だからこそアップルは、メールや写真、文書などをオンライン上に保存でき、携帯端末からも使用できるクラウド・コンピューティング・サービス「モバイルミー」などビジネス志向のアプリケーションを開発。誰でもアプリケーションを作れる環境も提供している。

 開発業者向けにiPhoneのソフトウエア開発キット(SDK)が公開されたのは3カ月前だが、すでに25万件のダウンロードがあった。アップルはさらに、世界戦略に多大な力を注いでいる。

 この記事を執筆している最中にも、私のメールの受信箱にアップルが各国の通信会社と提携したプレスリリースが続々と届く。ほとんどスパムメールのようだ。

 フランスではオランジュ、シンガポールはシンガポール・テレコム、イギリスはO2、香港とマカオはハチソン、オーストラリアとイタリア、南アフリカ、トルコ、ギリシャ、インド、ニュージーランド、チェコはボーダフォン......。世界のどこでiPhone3Gを買っても、200ドルでお釣りがくることは確実だ。

 ジョブズが1984年に披露したマッキントッシュは、彼が確信したような世界標準には決してならなかった。そして今、iPhoneを少数派ではなく多数派の携帯電話にするべく、ジョブズの挑戦が始まった。 

[2008年6月25日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

石破首相「双方の利益になるよう最大限努力」、G7で

ワールド

米中貿易枠組み合意、軍事用レアアース問題が未解決=

ワールド

独仏英、イランに核開発巡る協議を提案 中東の緊張緩

ワールド

イスラエルとイランの応酬続く、トランプ氏「紛争終結
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:非婚化する世界
特集:非婚化する世界
2025年6月17日号(6/10発売)

非婚化・少子化の波がアメリカもヨーロッパも襲う。世界の経済や社会福祉、医療はどうなる?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?...「がん」「栄養」との関係性を管理栄養士が語る
  • 2
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 3
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波でパニック...中国の輸出規制が直撃する「グローバル自動車産業」
  • 4
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されず…
  • 5
    林原めぐみのブログが「排外主義」と言われてしまう…
  • 6
    メーガン妃とキャサリン妃は「2人で泣き崩れていた」…
  • 7
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 8
    さらばグレタよ...ガザ支援船の活動家、ガザに辿り着…
  • 9
    4年間SNSをやめて気づいた「心を失う人」と「回復で…
  • 10
    ハルキウに「ドローン」「ミサイル」「爆弾」の一斉…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタらが乗ったガザ支援船をイスラエルが拿捕
  • 4
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 5
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 6
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 7
    今こそ「古典的な」ディズニープリンセスに戻るべき…
  • 8
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 9
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 10
    脳も体も若返る! 医師が教える「老後を元気に生きる…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 3
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 9
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中