最新記事

イラク流民主主義の誕生

ウラ読み国際情勢ゼミ

本誌特集「国際経済『超』入門」が
さらによくわかる基礎知識

2010.04.19

ニューストピックス

イラク流民主主義の誕生

暴力への拒否反応と民主政治への情熱──「終戦」から7年、ようやく大きな転機を迎えた

2010年4月19日(月)12時06分
ババク・デガンピシェ(ベイルート支局長)、ジョン・バリー(軍事問題担当)、クリストファー・ディッキー(中東総局長)

 イラクの民主主義は成功する──ジョージ・W・ブッシュ米大統領(当時)がそう言い切ったのは03年11月。「その成功はシリアからイランまで(中東各国の権力者)に、自由こそすべての国の未来であり得ることを知らしめるものだ」

 アメリカ民主主義基金(NED)創設20周年の式典に集まった聴衆からは喝采が沸き起こり、ブッシュはさらに続けた。「自由イラクを中東の心臓部に樹立することは、地球規模の民主革命における重大な転機となる」

 現実には、その頃イラクでは反米勢力が増大し、テロが広がり、現地の米兵はパニック寸前の状態だった。イラク人を「解放」するためにやって来たはずの彼らが多くの一般市民を捕らえ、深夜に家から引きずり出してバグダッド郊外のアブグレイブ刑務所に押し込み始めていた。そこに収容されたイラク人の一部は虐待され、辱めを受けた。

 イラクはおぞましい暴力の悪循環に陥っていた。その結果、数十万のイラク人が犠牲となり、米兵の死者も4000人を超えた。10万人規模の兵力を現地に維持するだけでも、その費用は毎週15億ドルを超える。7年前から今日まで、そのためにアメリカ国民の血税が投入されてきた。早過ぎる撤退(もしくは撤退そのもの)は治安の悪化につながり、平和ではなく戦争が中東全域に広がるのではないかと懸念されたからだ。

 冒頭に引いたブッシュの言葉は、その半年前に米空母の艦上で行ったイラク戦争の「勝利」宣言と同様、時とともに皮肉な響きしか持たなくなっていった。

 それでも、7年近い地獄の日々を経た今、ようやくイラクにも民主主義らしきものが出現し始めている。この点は正当に評価すべきだ。民主化の動きがイラクから中東全体に広まるかどうかは別として、およそ民主主義には縁のなかった中東の歴史にイラクの実験が大きな転機をもたらすことになるのは確かだろう。

 3月7日に実施される予定のイラク連邦議会選には、主要宗派すべてと多くの政党から約6100人が立候補。利害も野心も激しく対立している。それでも政治家の間には、みんな同じイラク人だという意識が芽生えてきた。そして武力でなく議論で決着をつけるようになってきた。以前なら大統領令(あるいは駐留米軍による有形無形の圧力)を用いるしかなかったような事案も、今は議会での論戦を通じて決まるようになった。

 アメリカの保護と励ましの下、時には指導も受けながらだが、イラクの政治家は独自のシステムを生み出しつつある。米中央軍司令官のデービッド・ペトレアスが言う「イラクラシー」だ。そんな政治システムの下でも、運が良ければ民主主義に必要な諸制度が育つだろう。

「立候補禁止」にも非暴力

 もちろん、クリストファー・ヒル駐イラク米大使が言うように、「民主主義の真の試金石は、勝者の振る舞いよりも敗者の振る舞いだ」。投票が比較的平穏に実施されても、政権発足に向けた駆け引きは何週間、いや何カ月も続くかもしれない。05年12月の議会選でも、首相と内閣が決まったのは翌06年の5月だった。

 しかも今回は、駐留米軍の撤退が進むなかでの作業となる。ピーク時に17万人だった駐留米軍の数は既に10万人を切っており、今年8月末までには5万人規模に縮小される。仮に政治的な対立が市街戦に発展しても、もう仲裁に入る米軍はいない。

 米政府はとりわけ懸念を募らせており、ジョー・バイデン副大統領を議長に、イラク情勢を監視する閣僚級会議を毎月開催している。あるホワイトハウス高官によると、政権幹部は現状を「慎重ながらも楽観視」しており、ようやく「イラクに政治が生まれてきた」とみている。イラクの政治家は口うるさくて大げさで、怒って席を立つこともしばしばだが、最近では爆発の一歩手前で踏みとどまるすべを身に付けたようだ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

シンガポール航空機、乱気流で緊急着陸 乗客1人死亡

ビジネス

アストラゼネカ、30年までに売上高800億ドル 2

ビジネス

正のインフレ率での賃金・物価上昇、政策余地広がる=

ビジネス

IMF、英国の総選挙前減税に警鐘 成長予想は引き上
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:スマホ・アプリ健康術
特集:スマホ・アプリ健康術
2024年5月28日号(5/21発売)

健康長寿のカギはスマホとスマートウォッチにあり。アプリで食事・運動・体調を管理する方法

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 2

    娘が「バイクで連れ去られる」動画を見て、父親は気を失った...家族が語ったハマスによる「拉致」被害

  • 3

    9年前と今で何も変わらない...ゼンデイヤの「卒アル写真」が拡散、高校生ばなれした「美しさ」だと話題に

  • 4

    服着てる? ブルックス・ネイダーの「ほぼ丸見え」ネ…

  • 5

    「目を閉じれば雨の音...」テントにたかる「害虫」の…

  • 6

    ベトナム「植民地解放」70年を鮮やかな民族衣装で祝…

  • 7

    高速鉄道熱に沸くアメリカ、先行する中国を追う──新…

  • 8

    中国・ロシアのスパイとして法廷に立つ「愛国者」──…

  • 9

    「韓国は詐欺大国」の事情とは

  • 10

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 1

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 2

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    娘が「バイクで連れ去られる」動画を見て、父親は気…

  • 5

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 6

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 7

    「隣のあの子」が「未来の王妃」へ...キャサリン妃の…

  • 8

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイ…

  • 9

    米誌映画担当、今年一番気に入った映画のシーンは『…

  • 10

    「まるでロイヤルツアー」...メーガン妃とヘンリー王…

  • 1

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 5

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 6

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 9

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中