最新記事

本当のシャネルを知りたくて

アカデミー賞の見どころ

大ヒット『アバター』作品賞に輝くか
今年のオスカーはここに注目

2010.02.16

ニューストピックス

本当のシャネルを知りたくて

『ココ・アヴァン・シャネル』が描けなかったタフで複雑な改革者の横顔
(衣装デザイン賞にノミネート)

2010年2月16日(火)12時03分
ジナン・ブラウネル

 世界的なファッションデザイナーになる前の、20代のガブリエル・シャネル(通称ココ・シャネル)を描いた映画『ココ・アヴァン・シャネル』にはなんともうまいシーンがある。恋人のカペルがシャネル(オドレイ・トトゥ)に、海辺の保養地ドービルで行われるダンスパーティーに一緒に行ってほしいと頼む。シャネルは承諾するが、イブの時代からすべての女性を悩ませてきた問題に彼女も直面する。着ていく服がないのだ。

 カペルと一緒に地元の仕立服店を訪れたシャネルは黒い生地を選び、コルセットは付けないよう依頼する。「それでは見苦しい」とはねつける店の女性に、シャネルは「私の言うようにして」とぶっきらぼうに言い返す。当然のことながらパーティーでは、黒いドレスで朝まで踊り明かす小柄な女性にみんなの視線が集まった。

 実際は、シャネルがこの「リトルブラックドレス」(シンプルな黒のカクテルドレス)を発表したのは40歳頃で、カペルが交通事故で死んだずっと後であることは無視しよう。1926年に誕生したこのドレスは1世紀近くたった今も、世界中の女性が着こなすカクテルドレスの定番となっている。

『ココ・アヴァン・シャネル』は、ここ1年間で3本目のシャネルの伝記映画。アナ・ムグラリスが若きシャネルを演じた『シャネル&ストラヴィンスキー シークレット・ストーリー』は5月のカンヌ国際映画祭で閉幕を飾った(日本では10年1月公開予定)。『ココ・シャネル』ではシャーリー・マクレーンが晩年のシャネルを熱演している(日本公開中)。

女性の服に革命を起こす

 シャネルの一生はエピソードの宝庫だ。未婚だった母の死後、行商人の父親に見捨てられて12歳から修道院で育ち、やがて億万長者になった。化粧品ブランドを始めた最初の女性であり、自分の名前にちなんだ香水を作った最初の人物である。「彼女は、私たちの中のロマンをかき立てるシンデレラ人生を送った」と、『ココとイーゴリ』(映画『シャネル&ストラヴィンスキー』の原作)の著者であるクリス・グリーンハルは言う。

 女性たちをコルセットから解放したのはもちろん、巨万の富も築いたシャネルの成功物語から、面白い映画を2、3本作るくらいは簡単だろう。しかし、彼女はそれ以上に大きな存在だった。アメリカの女性解放運動家で「ブルマー」の生みの親となったアメリア・ブルマーなど、他の改革者と比べても近代女性の服装(と香水)に最も革命的な変化をもたらした。

「シャネル以前は赤い口紅を塗り、日焼けして、フェイクの宝石を着けた女性は田舎者か売春婦だった」と、シャネルの国際広報部門の責任者マリールイズ・デ・クレモントネールは話す。

 グリーンハルは「フランスの歴史的人物で偶像視される4人は誰かといえば、私はエディット・ピアフ、マリー・アントワネット、ジャンヌ・ダルク、そしてココ・シャネルを挙げる」と言う。「ほかの3人を描いた映画は興味深いものになった。次にシャネルの映画が作られるのも当然のことだ」

 しかしシャネルの場合、映画化によって何かが失われてしまったようだ。彼女には実業家やフェミニストとしてさまざまな業績があるのに、どの映画もどん底からファッション界の頂点に上り詰めた軌跡ばかりに焦点を当てている。

 それも理解できなくはない。シャネルの個人的な物語には圧倒的な力がある。パブロ・ピカソやジャン・コクトーと友人で、恋人はナチスの将校やウェストミンスター公爵。ロシアの作曲家イーゴリ・ストラビンスキーとの恋も噂された。当時、女性の服には使われることのなかったツイードをシャネルが使ったのは、公爵と釣り旅行に出掛けたときに思い付いたものだ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アジア太平洋、軟着陸の見込み高まる インフレ低下で

ビジネス

暗号資産の現物ETF、香港で取引開始 アジア初

ワールド

中国が対ロ「地下ルート」貿易決済、制裁逃れで苦肉の

ビジネス

米パラマウント、バキッシュCEO退任 部門トップ3
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる4択クイズ

  • 4

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 5

    メーガン妃の「限定いちごジャム」を贈られた「問題…

  • 6

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 7

    「瞬時に痛みが走った...」ヨガ中に猛毒ヘビに襲われ…

  • 8

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 9

    19世紀イタリア、全世界を巻き込んだ論争『エドガル…

  • 10

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 4

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 5

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 8

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 9

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 10

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 4

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 7

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 8

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    「誰かが嘘をついている」――米メディアは大谷翔平の…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中