最新記事

エコカーの未来は中国に

ポスト胡錦濤の中国

建国60周年を迎えた13億国家
迫る「胡錦濤後」を読む

2009.09.29

ニューストピックス

エコカーの未来は中国に

世界一の巨大市場が仕掛ける「小さくて環境に優しい」車づくりの底力

2009年9月29日(火)12時56分
メリンダ・リウ(北京支局長)

 1世紀にわたって、世界の自動車市場はアメリカ人の好みに支配されてきた。そこへ今、大きな変化が押し寄せている。

 世界中の自動車メーカーが口説き落とそうと狙っている相手は、ぐんぐん経済力を付けている中国の顧客だ。何しろ驚くべきことに、中国は2009年1月以降、新車販売台数で3カ月連続でアメリカを上回り、世界のトップに立ったのだ。

 米フォードの小型車「フィエスタ」の新型モデルは、まるで携帯電話のようなダッシュボードを備えている。それもターゲットである20~30代の中国人になじみやすいデザインを配慮してのこと。中国向けフィエスタを4ドアのセダンに変えたのも、従来のハッチバックはこの国では鬼門だからだ。

 4月下旬には上海国際自動車ショー(上海モーターショー)でカーデザインの未来の姿が披露され、広大な会場で内外の自動車メーカーが中国の消費者の気を引こうとしのぎを削った。2年に1度のこのモーターショーは図らずも絶好のタイミングで開催された。中国がアメリカを抜いて世界一の自動車市場になることなど、この先10年はないと思われていたが、金融危機はアメリカでの販売に大きな打撃を与えた。

 一方、中国は大規模な景気刺激策に支えられて消費を維持。09年の新車販売は前年比10%増の1000万台を目標にしている。アメリカを推定100万台上回ることで世界での地位固めにもつながる数字だ。「こんなに早く中国が最大規模の市場になるとは誰も予想しなかった」と北京の自動車業コンサルタント、ウィリアム・ルッソは言う。「業界全体の基準や枠組みを決める上で今後、発言力はかなり大きくなるだろう」

 それが実現すれば未来の主役は小さくて環境に優しい――そしてもちろん――メイド・イン・チャイナの車になる。世界を揺るがした金融危機で自動車業界をてこ入れする必要に迫られると、中国政府は懐の奥から資金を捻出。国内メーカーが得意とする小型の乗用車・トラックの販売を農村部で促進するために7億3300万ドル以上、さらに次世代の主流と目される新しいエコカー技術の開発には2億2000万ドルを充てた。

 中国の政策立案者が最終的に目指しているのは「新世代のデトロイト」――より効率的でクリーンでしたたかな世界の自動車産業の中心地を創出することだ。

 道のりは平坦ではない。中国の販売台数上位のブランドはいまだにドイツのフォルクスワーゲンや韓国の現代自動車、そして日本のトヨタ自動車、ホンダ、日産自動車など、おなじみの外国メーカーがずらりと顔をそろえる。もっともトップ4社は伝統的な中国国有企業との合弁事業だ。例えば、大手の上海汽車はフォルクスワーゲンと米ゼネラル・モーターズ(GM)の両方と手を組んでいる。

小型車は景気対策で特需

 だがここへきて、奇瑞汽車や吉利汽車、比亜迪汽車(BYDオート)といった民間企業をはじめとする新興メーカーが頭角を現し、生産と販売を伸ばしている。ブランド展開やマーケティング、品質管理の面では大半がまだ初心者だが、既に国内販売の3分の1を占めており、政府もこうした独自メーカーの存在感を高める時機がやって来たと見込んでいる。

 その大きな足掛かりとなるのが景気刺激策で動くカネだ。1月末には、中小都市で人気がある手頃な小型車を主力にするだけで政府の景気対策の恩恵を存分に受けられることが分かり、国内メーカーは喜びに沸いた。政府はまず排気量1・6誚未満の車を対象に購入税を10%から5%に下げた。さらに農民が老朽化したトラクターなどを小型の乗用車・トラックに買い替える際の助成金として7億謖を拠出することを決めた。

 効果はてきめんだった。国内5位の奇瑞汽車は1~2月の販売が25%急増。政府が小型車優遇に動いたことで、トップメーカーも製品の「サイズダウン」を迫られつつある。折しも、フォードは減税導入から1カ月ちょっとで排気量1・5誚の新型フィエスタの販売を中国でスタート。1カ月半の先行販売期間で4000台以上の契約を達成した。

 「より小さく」の流れは壮大な計画のほんの序の口だ。代替エネルギーの利用を中心として技術開発には2億2000万謖の予算が充てられた。エコカー購入時のコストを軽減するため、13都市の地方自治体やタクシー業者にはハイブリッド車1台につき8800謖近い助成金が出る。個人の購入者向けに割引制度が設けられるとの情報もある。

 こうした奨励策もあって、上海モーターショーは「史上最も環境に優しい」祭典になった。最先端技術こそ発表されなかったものの、会場には中国メーカー独自の電気自動車やハイブリッド車がめじろ押し。一番人気の国内ブランド、奇瑞汽車は4モデルの代替エネルギー車を出展。力帆汽車は電気自動車の「320EV」を発表した。

 携帯電話用バッテリーで世界シェア25%を誇るBYDオートは家庭でも充電できる話題のプラグイン・ハイブリッド車「F3DM」を展示。併用可能なガソリンエンジンを搭載したこのモデルは、08年12月から2万2000謖前後で販売中だ。

 BYDオートは評判のバッテリー技術を武器に「より安全で環境に優しい」リチウムイオン電池を開発。既に世界中で浸透しているトヨタ「プリウス」やGM「ボルト」などに先んじて手頃なプラグイン型ハイブリッド車を市場に導入した。予想販売価格はなんとボルトの半分程度だ。

 いくら盛り上がっているとはいえ、「より小型で環境に配慮した国産車」がまだ初期段階にあることは関係者も消費者も自覚している。上海モーターショーでBYDオートがプラグイン車に本物のナンバープレートを付けて展示したのもその一例だ。「あまりに先端のテクノロジーなので、登録を受け付けてもらえないのではと懸念する人がいる」と、マーケティング担当者のジャスミン・ホアンは言う。「これで安心するだろう」

 それでもF3DMの販売台数は数十台で、顧客も個人ではなく行政機関や銀行だ。一般向けの発売は6月を予定している。輸出部門を統括するヘンリー・リーによれば、米市場への参入は経済危機の影響で当初の10年から11年へ先送りされた。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米石油・ガス掘削リグ稼働数、22年1月以来の低水準

ワールド

アングル:コロナの次は熱波、比で再びオンライン授業

ワールド

アングル:五輪前に取り締まり強化、人であふれかえる

ビジネス

訂正-米金利先物、9月利下げ確率約78%に上昇 雇
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS攻撃「直撃の瞬間」映像をウクライナ側が公開

  • 2

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 3

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 4

    サプリ常用は要注意、健康的な睡眠を助ける「就寝前…

  • 5

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミ…

  • 6

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 7

    「TSMC創業者」モリス・チャンが、IBM工場の買収を視…

  • 8

    元ファーストレディの「知っている人」発言...メーガ…

  • 9

    「500万ドルの最新鋭レーダー」を爆破...劇的瞬間を…

  • 10

    ロシア軍の拠点に、ウクライナ軍FPVドローンが突入..…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 3

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる4択クイズ

  • 4

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 5

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 6

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 7

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 10

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中