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2009.07.03

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金融危機の汚れた勝者

価格の暴落による石炭発電の復権の陰でクリーンな石炭発電技術の開発に影響が

2009年7月3日(金)12時40分
デービッド・ビクター、バルン・ライ

 地球環境の保護がこれまでになく厳しい局面を迎えている。最悪の事態を避けるには二酸化炭素(CO2)の排出量を今後40年間に50〜80%削減する必要がある。09年には世界がついに問題解決に向けて共に歩きはじめるはずだった。だがその淡い期待も、今回の金融危機で消え去りそうだ。

 石油価格は下落を続け、1バレル=25ドルを割り込むとの見方さえある。これは「環境にやさしい」エネルギー推進派には打撃だ。この時代の勝者は「環境にやさしくない」エネルギー、つまり石炭。地球温暖化の主因であるCO2の40%は現在、石炭から発生している。

 埋蔵量が豊富な石炭は、価格が1トン当たり120ドルという昨年夏の最高値から3分の1ほど下落した。最大消費国の中国でも半値まで下がっており、値崩れは今後も続くとみられる。

 温室効果ガスの排出が多い国は石炭火力発電への依存度が高い。そして現在その発電コストは天然ガスや石油などほかの化石燃料に比べて安くなっている。

資金不足で風前のともしび

 CO2を回収して地中に貯留する「クリーン」な石炭発電技術も開発されているが、従来型より費用がかさむ。米スタンフォード大学の研究によると、CO2排出削減のために各国が石炭発電の先端技術に投資した額は、今回の金融危機前でさえ必要額の1%にすぎなかった。金融危機で多くのプロジェクトが中止され、クリーン技術の前途は多難だ。

 石炭発電に伴うCO2排出を減らす技術自体は多数ある。たとえば石炭をガス化してタービンで燃焼する方法。CO2をほぼ100%分離回収して地中に安全に貯留することができ、CO2が気温を上げるおそれもない。だがこの新技術を使った実用化レベルの発電所はまだ完成していない。金融危機前にはガス化設備の建設を試みる電力会社があったが、計画の多くがこの1カ月で頓挫した。

 石炭をガス化せずに純酸素の中で燃焼させる方法もある。これでも地中貯留が可能だ。出力30メガワットの実験用発電所がドイツで稼働しており、排出ガスからCO2を取り除く技術を研究する電力会社の共同事業体もある。しかし発電費用が2〜3倍にふくれ上がる可能性があるため、本格的な規模にはいたっていない。

 CO2の排出を90%近く削減できる出力300メガワットの発電所を建設する費用は10億ドルから25億ドル。アメリカで現在の石炭発電量をまかなおうと思えば、このような発電所が1000カ所程度必要になる。中国も同様だ。

 発電所建設へ大規模な投資が最後に行われた60年代、アメリカの電力会社の社債格付けは総じてAAだったが、現在はBBBに低下。それに今回の信用収縮が追い打ちとなり、新規建設への融資を得るのは不可能に近い。費用が高いクリーンな発電所ならなおさらだ。

 EU(欧州連合)には「CO2排出ゼロ」の発電所建設計画に回す資金がない。「クリーンな石炭発電所建設に排出権を与える」最新の案も金融危機の犠牲者だ。排出権の取引価格が半分になり「ありがたみ」が半減してしまった。

「コールフィンガー」作戦

 イギリス政府は07年からクリーンな石炭発電技術のコンペティションを開催しているが、08年11月に英石油メジャーのBPが離脱。また、アメリカ政府は08年の早い時期に費用増大を理由に先進的な石炭技術への投資をやめた。

 最後の一撃は環境活動家からだ。グリーンピースはインターネットを通じて「コールフィンガー」キャンペーンを展開。石炭発電所建設の全面的な中止を呼びかけている。また、アメリカの環境グループは最近「クリーンな石炭は妄想にすぎない」という啓発活動を始めた。そのかいあってか、アメリカでは最新技術の実験も含めて、石炭発電所の新規建設は事実上不可能になっている。

 世界が石炭と再び向かい合うためには、経済の回復を待たなければならない。

[2009年1月14日号掲載]

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