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イラン改革派の逆転シナリオ

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2009.06.26

ニューストピックス

イラン改革派の逆転シナリオ

総選挙に大敗しても最低限の議席を取れれば改革派にも反撃のチャンスはある

2009年6月26日(金)12時32分
マジアル・バハリ(テヘラン支局)

 テヘラン在住のジャーナリスト、カスラ・ヌーリ(38)は、今月14日の総選挙後が不安でたまらないという。もちろんイランの将来も気がかりだが、個人的な心配もある。

 これまでイランの保守強硬派は、さまざまな理由をつけて改革派の新聞をいくつも発行禁止にしてきた。おかげでヌーリは、過去10年間で八つの勤め先を失った。

 妻と3歳になる娘をどうやって養えばいいのか、ヌーリの悩みは深い。「本気で転職を考えた。イランでは、ジャーナリストでは食べていけない」

 ヌーリが考えた転職先の一つは、政治だった。「保守派が支配する国会のなかに、改革派が一定の議席を確保する必要があると思った。そうすれば、(マフムード・)アハマディネジャド(大統領)の破滅的な経済・外交政策に対する国民の懸念を示すことができる」

 だが昨年、ヌーリは立候補者の事前審査で失格となった。イランでは、保守派の宗教指導者と法律家で構成される護憲評議会が候補者にふさわしいかどうかを事前に判断することになっている。

 立候補を届け出た数日後、護憲評議会の調査官が自宅近くに現れ、ヌーリの評判を聞いて回った。「近所の雑貨店で、私生活のことを根掘り葉掘り聞かれた」と、彼は言う。「女性をいやらしい目で見ていないか。モスク(イスラム礼拝所)にちゃんと通っているか。妻は派手な服装をしていないか。店で何を買っているか。候補者の資質とは関係ない質問ばかりだ」

 保守派の候補者がこうした調査を受けたという話は聞かない。それどころか、保守派の候補が調査官を兼ねるケースもあるという。

 事前審査で失格した多くの改革派と同じく、ヌーリも三つの理由で立候補を認められなかった。イスラム教への信仰が不十分。「ベラーヤテ・ファギーフ」体制(宗教指導者が国を指導するイランの統治形態)への支持が不十分。そして事実上、どんなケースにも使える失格の理由――「悪評」だ。

 「自分ではよきイスラム教徒だと思っているし、評判もまずまずいいはずだ」。そう語るヌーリは当局に異議を申し立てたが、決定を覆すことはできなかった。

 改革派の活動家によると、イラン国内で強大な権力をもつ革命防衛隊は05年の大統領選で、多くの若者をはじめとする隊員たちにアハマディネジャドへの投票を強制した。今度の総選挙でも同じ戦術に出てくるのではないかと、改革派は警戒している。

 「革命防衛隊は保守強硬派の強力な後ろ盾だ」と、最大の改革派政党「イラン・イスラム参加戦線」のスポークスマンを務めるサエド・シャリアティは言う。

 激しいインフレと高失業率のせいで、保守派の一部に「アハマディネジャド離れ」が起きているのは確かだ。それでも、現大統領には依然として草の根レベルの熱心な支持者がいる。マスーメ・ラメザニもその一人だ。

 ラメザニは、首都テヘランから南に3時間行ったところにあるラライン村で5人の子供を育てているシングルマザー。ヌーリのようなジャーナリストや知識人とは別の世界に住んでいる。 (中見出し)

石油頼みのばらまき政治

 まだ子供が小さいときに夫と死別したラメザニは、近くの町サベで清掃作業員として働き、家族の生活を支えていた。だが昨年、アハマディネジャドが寡婦に対する経済的支援を増額する新法を制定。ラメザニは9000ドル相当の融資を受けられることになった。

 「大統領は命の恩人。テヘランのほかの人たちは口先ばかりで、村の貧しい人間のことなど気にしていない。でも、アハマディネジャドさんは、私たちのために働いてくれる。彼に神のご加護を!」

 今度の総選挙で誰に投票するかを尋ねると、ラメザニはこう言った。「とにかく、アハマディネジャドさんを支持する人です」

 こうした人々の支持があるかぎり、14日の総選挙で保守派が勝利を収めるのはほぼ確実だ。改革派も、村落部や小さな町でアハマディネジャドの人気が高いことは認めている。

 だが、その人気は長期的な国益を犠牲にしてのものだと、改革派は主張する。「(アハマディネジャドの)政治は、黙っていても入ってくる石油収入を慈善事業のようにばらまいているだけだ。それが経済的にどれほど悲惨な事態を招くかは考えていない」と、ヌーリは言う。

 「アハマディネジャドがこれまでなんとかやってこられた理由はただ一つ。1バレル=103ドルの石油を売って稼いだ収入のおかげだ。もし原油価格が下がれば、イランは大混乱に陥る」

本番は来年の大統領選

 イランの保守派指導者、とくに最高指導者のアリ・ハメネイ師に、アハマディネジャドの極端な大衆迎合主義の危険性を認識させるためには、ある程度の経済危機やアメリカやイスラエルの軍事的脅威が必要だ――ヌーリのような改革派はそう考えている。

 だが、この種の危機がすぐに起きる可能性は低い。そのため改革派は当面、国会で一定の影響力を確保することに力を入れている。

 「私たちが選挙に参加しなければ、保守強硬派は国会を完全に支配した後、改革派の政治活動を禁止するだろう」と、イラン・イスラム参加戦線のシャリアティは言う。たとえ少数でも国会で議席を獲得できれば、09年6月に予定されている大統領選に向けた足がかりにもなる。

 ただし、その前に改革派は内部対立を解消しなければならない。大統領選で改革派の候補者になりそうなのは、モハマド・ハタミ前大統領とメフディ・カルビ前国会議長。護憲評議会が失格にできない大物は、この2人だけだろう。しかし、ハタミ派とカルビ派は今回の総選挙で別々に運動を展開しており、両者に歩み寄りの気配はほとんどない。

 カルビは本誌の取材に対し、ハタミ派は「イスラム共和国のイスラム的要素に異論を唱える」過激派だと主張した。ハタミ派も、カルビは改革派のふりをしているだけだと批判している。

 一方、ヌーリは総選挙を目前に控え、改革派向けのインターネット・サイトの編集人を無給で務めている。ヌーリが編集作業を行っている古いビルでは、同じように事前審査で失格となった多くの改革派が活動している。

 このビルには、アハマディネジャドに飽き飽きした若いボランティアも出入りしている。彼らの手前、改革派の活動家は強気なふりをしているが、実際には国会定数290議席のうち40議席取れれば上出来だと考えている。

 だが、たとえわずか40議席でも、少なくとも次の大統領選まで政治活動を続けることはできる。

[2008年3月19日号掲載]

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