コラム

銃撃、中絶禁止、温暖化もすべて憲法で保障?──今、話題の「有毒判決」とは

2022年07月19日(火)14時39分
ロブ・ロジャース(風刺漫画家)/パックン(コラムニスト、タレント)
米連邦最高裁

©2022 ROGERS–ANDREWS MCMEEL SYNDICATION

<米連邦高裁が49年前の判決を覆したことで、中絶を禁止できることになったのは周知のとおり。他にも108年前の州法を違憲とするなど、アメリカの最高裁でいったい何が起きているのか?>

最高裁判所(Supreme Court)にないはずの煙突から黒煙が上がっている。中で何が起きているのか。焼却炉で以前の判例や法律を破棄しているのか? それとも製錬所で新しい解釈を練っているのか? 工程はなんであれ、産物は有毒な判決(Toxic Rulings)と名付けられている。

イラスト左上のハンガーは何を意味するか分かるかな? これは日本人が大きなしゃもじを見たら、あっ「突撃!隣の晩ごはん」とすぐ思うように、アメリカ人にあることを連想させる。残念ながら、それは楽しい番組ではなく「闇中絶」だ。人工妊娠中絶が禁止されていた時代に胎児をかき出す施術に使われた道具だ。

米連邦最高裁が49年前の判決を覆したことで、各州政府は中絶をまた禁止できるようになった。ハンガーは使わないかもしれないが、闇中絶が増えるに違いない。

銃はそのまま、銃だ。最高裁は先月、公共の場で銃を持つ権利が憲法で保障されているとして、108年前のニューヨーク州法を違憲と判断。マンハッタンでほぼ誰でも銃を隠し持てることになる。ほかにも自動小銃や大型弾倉などを規制した高裁判決も退けた。自由の国というより「銃の国」に近づいた。

十字架は、宗教の権利を拡大した数々の判決を指すのだろう。2005年以降、宗教団体が絡む最高裁判決は85%の割合で団体側の主張が認められている。

主なものだけで、キリスト教の私立学校であっても学費を州が負担しないといけない、公立高校のアメフト部監督はフィールド内でお祈りしてもいい、キリスト教の集まりはコロナ規制から除外される、カトリック教の福祉事業やケーキ屋は同性愛者の利用を断っていい......などなど。政教分離から最高裁が分離しているようだ。

EPAはEnvironmental Protection Agency(米環境保護局)のこと。最高裁は、EPAが発電所の二酸化炭素(CO2)排出量を一律に規制できないという判決を下した。そろそろ「環境保護できない局」に改名すべきかもしれない。

まとめると、中絶は規制できるが銃やCO2排出、公金を使った宗教活動は規制できない。最高裁はこう考えているようだ。受精卵を生まれるまでは守る。生まれた後は銃撃や温暖化から守らない。でも、大丈夫。死んでも天国に行けるから!

ポイント

EPAへの判決
最高裁は今年6月30日、石炭火力発電所からの温室効果ガス排出量についてEPAが規制する権限はないとの判断を下した。野党共和党系の州の主張が認められた形で、2050年までに排出量実質ゼロを掲げる民主党バイデン政権に大きな打撃になった。

プロフィール

パックンの風刺画コラム

<パックン(パトリック・ハーラン)>
1970年11月14日生まれ。コロラド州出身。ハーバード大学を卒業したあと来日。1997年、吉田眞とパックンマックンを結成。日米コンビならではのネタで人気を博し、その後、情報番組「ジャスト」、「英語でしゃべらナイト」(NHK)で一躍有名に。「世界番付」(日本テレビ)、「未来世紀ジパング」(テレビ東京)などにレギュラー出演。教育、情報番組などに出演中。2012年から東京工業大学非常勤講師に就任し「コミュニケーションと国際関係」を教えている。その講義をまとめた『ツカむ!話術』(角川新書)のほか、著書多数。近著に『大統領の演説』(角川新書)。

パックン所属事務所公式サイト

<このコラムの過去の記事一覧はこちら>

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏「ウクライナはモスクワ攻撃すべきでない」

ワールド

米、インドネシアに19%関税 米国製品は無関税=ト

ビジネス

米6月CPI、前年比+2.7%に加速 FRBは9月

ビジネス

アップル、レアアース磁石購入でMPマテリアルズと契
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:AIの6原則
特集:AIの6原則
2025年7月22日号(7/15発売)

加速度的に普及する人工知能に見えた「限界」。仕事・学習で最適化する6つのルールとは?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「二度とやるな!」イタリア旅行中の米女性の「パスタの食べ方」に批判殺到、SNSで動画が大炎上
  • 2
    日本より危険な中国の不動産バブル崩壊...目先の成長だけ追い求め「失われた数百年」到来か?
  • 3
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」だった...異臭の正体にネット衝撃
  • 4
    真っ赤に染まった夜空...ロシア軍の「ドローン700機…
  • 5
    「このお菓子、子どもに本当に大丈夫?」──食品添加…
  • 6
    「史上最も高価な昼寝」ウィンブルドン屈指の熱戦中…
  • 7
    約3万人のオーディションで抜擢...ドラマ版『ハリー…
  • 8
    「オーバーツーリズムは存在しない」──星野リゾート…
  • 9
    「巨大なヘラジカ」が車と衝突し死亡、側溝に「遺さ…
  • 10
    歴史的転換?ドイツはもうイスラエルのジェノサイド…
  • 1
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップを極めれば、筋トレは「ほぼ完成」する
  • 2
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 3
    「お腹が空いていたんだね...」 野良の子ネコの「首」に予想外のものが...救出劇が話題
  • 4
    千葉県の元市長、「年収3倍」等に惹かれ、国政に打っ…
  • 5
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...AP…
  • 6
    どの学部の卒業生が「最も稼いでいる」のか? 学位別…
  • 7
    イギリスの鉄道、東京メトロが運営したらどうなる?
  • 8
    完璧な「節約ディズニーランド」...3歳の娘の夢を「…
  • 9
    エリザベス女王が「うまくいっていない」と心配して…
  • 10
    「二度とやるな!」イタリア旅行中の米女性の「パス…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 6
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 9
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 10
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story