コラム

トランプはDデー精神を守れない(パックン)

2019年06月19日(水)19時20分
ロブ・ロジャース(風刺漫画家)/パックン(コラムニスト、タレント)

Trump's D-Day Message / (c) 2019 ROGERS─ANDREWS McMEEL SYNDICATION

<大勢の青年がナチスと戦って命を落とした「Dデー」――しかし現地を訪れたトランプは自慢話と野党バッシングに終始した>

アメリカ人にとってD-Day(Dデー=ノルマンディー上陸作戦開始日)は特別な日。ナチス・ドイツの脅威からヨーロッパを解放するべく、15万人の連合軍兵が1944年6月6日にフランスの荒海から上陸し、弾丸の嵐の中で断崖絶壁をよじ登った。大勢の輝かしい青年がファシズムと立ち向かうために命を懸けた。そして大勢が命を落とした。

毎年この日にアメリカは犠牲を払った勇者を思い出す。上陸から20年目にドワイト・アイゼンハワー、40年目にロナルド・レーガンがやったように、大きな節目には元大統領や大統領が崖の上に立ち感動的な言葉を残す。今年は上陸から75年。上陸した本人たちが現場に集まれる、おそらく最後の節目だったが、残念なことに今回のアメリカ代表はトランプ大統領だった。

演説の内容自体はとても良かった(僕も褒めるときは褒める)。兵士の勇敢な姿をうまく描写し、彼らが成し遂げた偉業をたたえ、彼らが払った代償への感謝も示した。優秀なスピーチライターの素晴らしい作品だった。大統領もちゃんと読めたよ!

しかし、スピーチ以外の言動がそのメッセージを完全に裏切った。ノルマンディーの戦没者墓地でインタビューを受けたトランプは、Dデーにもそこで眠る英雄にもほとんど触れず、自慢話と野党バッシングに終始した。退役軍人であるロバート・ムラー特別検察官をも批判した。どうやらDデーは「ドナルドの日」の略だと思っているようだ。

トランプ自身は国のために戦ったことはない。若いときは徴兵を5回免れた。アメフトやテニスをやり、今もゴルフ大好きで「大統領史上最高の健康体」と豪語するトランプは、医療上の理由で徴兵を免除されたと言っている。でも、先日の説明は違った。なぜベトナム戦争に行かなかったのか? 「好きじゃなかったし。遠かった」と、僕がジムに行かないのと同じ理由を挙げた。

個人の生きざまだけではなく、大統領として進める政策もDデーの精神に反するもの。あの勇者たちが勝ち取ったのは平和だけではない。彼らとその仲間が血も汗も富も懸けて構築した同盟関係も、国際機構も世界の安定も、トランプは攻撃している。一国主義を押し通して、条約や合意から離脱している。国連やWTO(世界貿易機関)を批判し、NATOからの離脱をほのめかしている。昨年、アメリカの敵は?と聞かれて、「私はEUが敵だと思う」と言った。「私」だけでよかったのに。

【ポイント】
YOU ALSO HAD SOME VERY FINE PEOPLE ON BOTH SIDES...

「どちらの側にも、とてもいい人たちがいた」。17年に白人至上主義デモに反対する女性がひき殺された後、トランプがネオナチをかばったときのセリフ。

<本誌2019年6月25日号掲載>

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※6月25日号(6月18日発売)は「弾圧中国の限界」特集。ウイグルから香港、そして台湾へ――。強権政治を拡大し続ける共産党の落とし穴とは何か。香港デモと中国の限界に迫る。

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プロフィール

パックンの風刺画コラム

<パックン(パトリック・ハーラン)>
1970年11月14日生まれ。コロラド州出身。ハーバード大学を卒業したあと来日。1997年、吉田眞とパックンマックンを結成。日米コンビならではのネタで人気を博し、その後、情報番組「ジャスト」、「英語でしゃべらナイト」(NHK)で一躍有名に。「世界番付」(日本テレビ)、「未来世紀ジパング」(テレビ東京)などにレギュラー出演。教育、情報番組などに出演中。2012年から東京工業大学非常勤講師に就任し「コミュニケーションと国際関係」を教えている。その講義をまとめた『ツカむ!話術』(角川新書)のほか、著書多数。近著に『大統領の演説』(角川新書)。

パックン所属事務所公式サイト

<このコラムの過去の記事一覧はこちら>

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