コラム

日本の原発処理水に激怒、でも中国内の環境汚染は無視...中国人の理屈

2021年05月11日(火)18時28分
ラージャオ(中国人風刺漫画家)/トウガラシ(コラムニスト)
習近平国家主席と菅義偉首相(風刺画)

©2021 Rebel Pepper/Wang Liming for Newsweek Japan

<福島第一原発の処理水放出決定に憤慨し、号泣する中国の女子中学生の動画が話題に。批判は自由だが、科学的だったのか>

最近、山東省在住の中1女子の号泣動画が中国のSNSで注目された。大泣きの理由は、日本政府の福島第一原発の処理水放出決定に対する憤慨という。「この子は環境保護の意識が強いんです。地球は大人だけに属するものではないと思っているから」と、女子生徒の母親はメディアの取材に答えた。

なんと感動的な話だろう。だがこの数十年間、中国では経済発展に伴いたくさんの環境問題が発生した。北京の新名物である黄砂、長江流域を含む河川や湖および近海の水質汚染、農村部の土壌汚染と都会のゴミ問題......。これら深刻な環境問題のために、中国人の誰かが泣いたというニュースは聞いたことがない。

なぜ遠い日本の原発処理水のために、それほど憤慨し号泣したのか。自分には無関心なのに、他人のことを大変気に留める「中国の特色ある国際精神」と考えれば分かりやすい。中国のネット上では、このような教育を受けて成長した人が結構いる。彼らは自分の周りの環境汚染はまるで見えないが、日本の原発処理水放出にはかみつく。もしその怒りに疑問を持てば、彼らは必ず反発する。いわく、中国には確かに環境汚染はあるが、中国しか汚染していない。中国の環境汚染はわが国の内政問題であり、他国にあれこれ言う権利はない。一方、日本は処理水を海へ放出することで、全世界に影響を及ぼすのだから、中国人も日本政府を非難する権利がある──。

大変筋の通った論理に聞こえるが、彼らの怒りは科学的だろうか。2011年3月に福島第一原発事故が発生した直後、中国のネットはやはり日本に対する非難であふれ、放射性物質に恐怖心を持つ中国人が殺到して買い占めたために、中国各地は一時的に深刻な塩不足に陥った。ヨウ素入り塩には放射性物質による被曝を防ぐ効果があり、海水から作る塩は汚染されている、というデマが流れたためだ。

中国人に日本政府を非難する自由はある。けれども、せめてIAEA(国際原子力機関)などの権威ある科学者たちの発言に耳を傾けてほしい。買い占めた塩の摂取し過ぎは、福島第一原発の処理水を飲むよりきっと健康に悪いのだから。

【ポイント】
塩買い占め騒動
2011年3月の福島第一原発事故直後、中国各地で放射能を防ぐにはヨウ素が有効という風評が立ち、人々が食塩の買いだめに走った。ヨウ素欠乏症を防ぐ政府の政策で、中国で売られているほとんどの食塩にヨウ素が添加されていたため。ただし食塩に含まれるヨウ素は1キロ当たり20~30マイクログラムで、放射能予防の効果はない。

プロフィール

風刺画で読み解く中国の現実

<辣椒(ラージャオ、王立銘)>
風刺マンガ家。1973年、下放政策で上海から新疆ウイグル自治区に送られた両親の下に生まれた。文革終了後に上海に戻り、進学してデザインを学ぶ。09年からネットで辛辣な風刺マンガを発表して大人気に。14年8月、妻とともに商用で日本を訪れていたところ共産党機関紙系メディアの批判が始まり、身の危険を感じて帰国を断念。以後、日本で事実上の亡命生活を送った。17年5月にアメリカに移住。

<トウガラシ>
作家·翻訳者·コラムニスト。ホテル管理、国際貿易の仕事を経てフリーランスへ。コラムを書きながら翻訳と著書も執筆中。

<このコラムの過去の記事一覧はこちら>

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

ステランティス、免除対象以前の米燃費規制違反で1.

ワールド

トランプ米政権の対インド追加関税が発動、関税率最大

ビジネス

中国株にヘッジファンド資金流入、8月は6カ月ぶり高

ビジネス

米商用車メーカー、メキシコからの調達拡大 関税コス
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:健康長寿の筋トレ入門
特集:健康長寿の筋トレ入門
2025年9月 2日号(8/26発売)

「何歳から始めても遅すぎることはない」――長寿時代の今こそ筋力の大切さを見直す時

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ女性が目にした光景が「酷すぎる」とSNS震撼、大論争に
  • 2
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット民が「塩素かぶれ」じゃないと見抜いたワケ
  • 3
    脳をハイジャックする「10の超加工食品」とは?...罪悪感も中毒も断ち切る「2つの習慣」
  • 4
    飛行機内で隣の客が「最悪」のマナー違反、「体を密…
  • 5
    皮膚の内側に虫がいるの? 投稿された「奇妙な斑点」…
  • 6
    「美しく、恐ろしい...」アメリカを襲った大型ハリケ…
  • 7
    イタリアの「オーバーツーリズム」が止まらない...草…
  • 8
    【クイズ】1位はアメリカ...稼働中の「原子力発電所…
  • 9
    「ありがとう」は、なぜ便利な日本語なのか?...「言…
  • 10
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 1
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 2
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ女性が目にした光景が「酷すぎる」とSNS震撼、大論争に
  • 3
    「死ぬほど怖い」「気づかず飛び込んでたら...」家のプールを占拠する「巨大な黒いシルエット」にネット戦慄
  • 4
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 5
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 6
    中国で「妊娠ロボット」発売か――妊娠期間も含め「自…
  • 7
    皮膚の内側に虫がいるの? 投稿された「奇妙な斑点」…
  • 8
    なぜ筋トレは「自重トレーニング」一択なのか?...筋…
  • 9
    飛行機内で隣の客が「最悪」のマナー違反、「体を密…
  • 10
    20代で「統合失調症」と診断された女性...「自分は精…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 3
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 4
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大…
  • 5
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 6
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果…
  • 7
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅…
  • 8
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 9
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 10
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story