コラム

暴君・始皇帝を賛美する中国ドラマ──独裁国家を待ち受ける滅亡の運命

2021年01月16日(土)08時00分
ラージャオ(中国人風刺漫画家)/トウガラシ(コラムニスト)

China's Latest Emperor / (c)2021 REBEL PEPPER/WANG LIMING FOR NEWSWEEK JAPAN

<真実を歪めなければ、わずか15年で滅亡した秦の歴史に学べるはずだが...>

「神州大地」とは古くからある中国の自称だが、近年ブームになった荒唐無稽な抗日神劇(神ドラマ)や、最近盛んに作られている歴史神劇を見ると、「神州大地」というより「神劇大国」が適しているのではないかと思えてくる。

いま話題の連続ドラマ『大秦賦(ターチンフー)』もその1つ。暴君として有名な始皇帝が、今作中では人々に敬愛される仁君で、人民を苦難に満ちた生活から解放するため中国を統一し、幸福な生活をもたらす救世主として賛美されている。歴史の真実から乖離した内容に歴史学者らはあきれているが。

中国を統一した始皇帝は強かった。その強さ故、「百家争鳴」といわれた春秋戦国時代の思想の自由はなくなり、人々の思考も統一させられた。秦の思想統制として最も有名な歴史的事件は「焚書坑儒」。秦が編纂したもの以外、全ての史書を燃やし尽くし、体制を非難する儒者たちを生き埋めにする──2000年前の文化大革命だ。現在の中国でよく発生している言論弾圧事件も想起させる。

このドラマの中で、民衆が始皇帝を囲んでいる画面は、明らかに子供たちに囲まれた毛沢東の有名な写真をまねている。ドラマが示す「大一統(全国統一)」思想と、中国政府がいつも強調する「一つの中国原則」をつなげてみると、なるほど始皇帝を賛美することによって、秦と同じような軍事強国となった今の中国を賛美していると分かる。

中国メディアは共産党の代弁者。文芸事業も党の指導に従って、社会主義強国を賛美しなければならない。そのため、『大秦賦』のような、事実から懸け離れた歴史神劇が生まれる。ただしどんなに歴史をゆがめても、1つの重要な事実を忘れることはできない。それは秦がどのように崩壊したのか、だ。

高圧的な中央集権・官僚主義国家となった秦は、強大な軍備を維持するためさまざまな名目の税金を課し、苛酷な法律で多くの人民を処罰した。強権と暴政は、強国だった秦が自身へ刺した2本の矢だ。秦王朝は中国統一後、たった15年で滅亡した。歴史は繰り返す。独裁国家の運命は、2000年前も今も変わらない。

【ポイント】
神劇
中国のネットスラング。ネット上で人気のあるドラマや、不思議なお笑いドラマを意味する。荒唐無稽な抗日戦争ドラマ「抗日神劇」が有名だが、最近歴史ドラマにも使われるようになった。

大一統思想
集中的で統一的な国家体制が広大な国土、広域に分散した多数の人口、多民族社会といった中国の実情に合致しているという考え。秦朝以前の春秋戦国時代に形成されたとされる。

<本誌2021年1月19日号掲載>

プロフィール

風刺画で読み解く中国の現実

<辣椒(ラージャオ、王立銘)>
風刺マンガ家。1973年、下放政策で上海から新疆ウイグル自治区に送られた両親の下に生まれた。文革終了後に上海に戻り、進学してデザインを学ぶ。09年からネットで辛辣な風刺マンガを発表して大人気に。14年8月、妻とともに商用で日本を訪れていたところ共産党機関紙系メディアの批判が始まり、身の危険を感じて帰国を断念。以後、日本で事実上の亡命生活を送った。17年5月にアメリカに移住。

<トウガラシ>
作家·翻訳者·コラムニスト。ホテル管理、国際貿易の仕事を経てフリーランスへ。コラムを書きながら翻訳と著書も執筆中。

<このコラムの過去の記事一覧はこちら>

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ロシア大統領、北朝鮮外相と会談 両国関係は「全て計

ワールド

米エネ省、AMDとスパコン・AIパートナーシップ 

ワールド

リトアニア、ベラルーシからの密輸運搬気球撃墜へ 空

ビジネス

マスク氏、CEO退任の可能性 1兆ドル報酬案否決な
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 2
    庭掃除の直後の「信じられない光景」に、家主は大ショック...ネットでは「ラッキーでは?」の声
  • 3
    「平均47秒」ヒトの集中力は過去20年で半減以下になっていた...「脳が壊れた」説に専門家の見解は?
  • 4
    熊本、東京、千葉...で相次ぐ懸念 「土地の買収=水…
  • 5
    「信じられない...」レストランで泣いている女性の元…
  • 6
    中国のレアアース輸出規制の発動控え、大慌てになっ…
  • 7
    シンガポール、南シナ海の防衛強化へ自国建造の多任…
  • 8
    「宇宙人の乗り物」が太陽系内に...? Xデーは10月2…
  • 9
    中国レアアース輸出規制強化...代替調達先に浮上した…
  • 10
    「死んだゴキブリの上に...」新居に引っ越してきた住…
  • 1
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 2
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 3
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
  • 4
    中国レアアース輸出規制強化...代替調達先に浮上した…
  • 5
    超大物俳優、地下鉄移動も「完璧な溶け込み具合」...…
  • 6
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 7
    熊本、東京、千葉...で相次ぐ懸念 「土地の買収=水…
  • 8
    報じられなかった中国人の「美談」
  • 9
    【2025年最新版】世界航空戦力TOP3...アメリカ・ロシ…
  • 10
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 1
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 2
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 7
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 8
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 9
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story