コラム

中国人の記憶はたったの7秒? 政府批判も今や過去の話に

2020年05月21日(木)16時30分
ラージャオ(中国人風刺漫画家)/トウガラシ(コラムニスト)

People's Republic of Amnesia / (c)2020 REBEL PEPPER/WANG LIMING FOR NEWSWEEK JAPAN

<当初は中国でも珍しく政府非難や責任追及の声がSNSに上がったが、欧米で感染者が増えると世論は一転、他国への嘲笑と政府賛美が広がった>

「魚只有七秒鐘記憶(魚の記憶はたった7秒)」──この言葉を最近、中国SNS上でよく見掛ける。これは、どんな深刻な社会事件もすぐに風化し、人々の記憶の中から消え去ってしまうことを指している。今回の新型コロナウイルスもそうだ。

1月23日にウイルス発生地の武漢が都市封鎖された時、中国のSNS上に珍しく政府に対する非難や責任追及の声が現れた。武漢在住の女性作家・方方(ファンファン)が毎日ネットに投稿した「武漢日記」は作家の良心として注目を集め、大量にシェアされた。政府への謝罪要求や批判は高まる一方だった。

ただし3月以降、欧米の感染者が増え続けるなか、中国のネット世論も逆転した。政府批判が突然消え、代わりに欧米諸国に対する嘲笑と中国政府への賛美が始まった。感染拡大を抑止した中国の強さは共産党一党支配の制度的優位性を示し、欧米諸国の感染拡大は民主と自由の制度的な失敗だという。こういった政府賛美は、政府のネット工作員以外はほとんど「小粉紅」といわれる若い愛国者からの自発的な投稿だった。

つい先日まで人気だった「武漢日記」も英語版の出版によって批判の的となり、方方は「良心的作家」の座から引きずり降ろされ、売国奴として罵倒されている。日記の中に、感染情報を隠蔽したと中国政府を批判する記述があるためだ。今はアメリカが中国政府の責任を追及している最中。「武漢日記」の英語版出版は「給美国逓刀子(アメリカへ刀を渡す、アメリカに中国の罪状を示すという意味)」ではないか、裏切り者だ、決して許せない──というわけだ。

わずか2カ月前、政府の不作為と情報隠蔽は中国全土をパニックに陥れたが、今は何事もなかったかのように自国の政府を賛美し、他国の政府を嘲笑している。中国のネット民の記憶は本当に魚のようにたった7秒しか持たないのか。

洗脳教育を受けた小粉紅はそうかもしれない。だが、そうでない人もいる。政府の言論弾圧とネット検閲によって、公的な場所で自由に発言できない有識者たちだ。いつの日か、中国人の記憶が権力者の都合によって操縦されない日が来て、本当の記憶は必ずよみがえる、と彼らは信じている。

【ポイント】
方方
1955年、南京生まれ。武漢在住。2010年に魯迅文学賞を受賞。武漢を舞台に、社会の底辺で生きる人々の姿を描いた小説を発表している。代表作は『烏泥湖年譜』『風景』。

小粉紅
シャオフェンフォン。90年代以降に生まれ、「完全に赤く染まっていない未熟な共産主義者」を指す。中国語で小粉紅は薄ピンク色を意味することに由来。

<本誌2020年5月26日号掲載>

20200526issue_cover150.jpg
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2020年5月26日号(5月19日発売)は「コロナ特効薬を探せ」特集。世界で30万人の命を奪った新型コロナウイルス。この闘いを制する治療薬とワクチン開発の最前線をルポ。 PLUS レムデジビル、アビガン、カレトラ......コロナに効く既存薬は?

プロフィール

風刺画で読み解く中国の現実

<辣椒(ラージャオ、王立銘)>
風刺マンガ家。1973年、下放政策で上海から新疆ウイグル自治区に送られた両親の下に生まれた。文革終了後に上海に戻り、進学してデザインを学ぶ。09年からネットで辛辣な風刺マンガを発表して大人気に。14年8月、妻とともに商用で日本を訪れていたところ共産党機関紙系メディアの批判が始まり、身の危険を感じて帰国を断念。以後、日本で事実上の亡命生活を送った。17年5月にアメリカに移住。

<トウガラシ>
作家·翻訳者·コラムニスト。ホテル管理、国際貿易の仕事を経てフリーランスへ。コラムを書きながら翻訳と著書も執筆中。

<このコラムの過去の記事一覧はこちら>

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

ユーロ圏銀行、資金調達の市場依存が危機時にリスク=

ビジネス

欧州の銀行、前例のないリスクに備えを ECB警告

ビジネス

ブラジル、仮想通貨の国際決済に課税検討=関係筋

ビジネス

投資家がリスク選好強める、現金は「売りシグナル」点
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影風景がSNSで話題に、「再現度が高すぎる」とファン興奮
  • 3
    悪化する日中関係 悪いのは高市首相か、それとも中国か
  • 4
    「中国人が10軒前後の豪邸所有」...理想の高級住宅地…
  • 5
    マイケル・J・フォックスが新著で初めて語る、40年目…
  • 6
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 7
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 8
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 9
    山本由伸が変えた「常識」──メジャーを揺るがせた235…
  • 10
    南京事件を描いた映画「南京写真館」を皮肉るスラン…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 4
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 5
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 6
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 7
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 8
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 9
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影…
  • 10
    「中国人が10軒前後の豪邸所有」...理想の高級住宅地…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 5
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story