コラム

日鉄はUSスチール買収禁止に対して正々堂々、訴訟で勝負すればいい

2025年01月08日(水)15時10分

契約の罠ということでは、かつて東芝がアメリカの原子炉メーカーのウェスティングハウスを買収した際に、原子炉販売後に規制が厳格化された際の対応コストを全額負担するという条項にサインしていたという事例も想起されます。この契約条項は、後に福島第一の事故を契機に施行された規制を受ける中で、実際に発動されてしまいました。そして、最終的には東芝本体も事実上の債務超過に追い込みかねないほどのインパクトを持ってしまったのです。

契約書の罠という問題と似た話として、過去の日本企業がアメリカで裁判に巻き込まれて明らかに不自然な結果をのまさされたケースというのも散見されます。例えば、20世紀末には、米フォードが勝手に重心の高いクルマを作り転倒事故を頻発させた際に、訴えられたブリヂストンが敗訴するという事件がありました。性能が高すぎて横滑りしなかったので事故が起きたなどというストーリーを描かれて負けたのですから、どう考えても不合理な判決に屈したとしか言いようがありません。


どちらも、日本独特の「誠実協議条項」、つまり契約に定めのない事項や解釈について疑義が生じた場合は、当事者は「誠意をもって協議し解決する」という甘えた文書表現に慣れた中で起きた「隙(すき)」が背景にあったと推察されます。契約書というのは交渉の結果であり、買収や取引の交渉とは知的な格闘技だというカルチャーにまだ日本経済が慣れていなかった時代の出来事かもしれません。

その意味で、日本企業が米政府を相手取って大型の訴訟を提起するというのは、大事なことだと思います。リーガル・マインドとは、実定法に形式的に従うということではなく、法律というインフラを手段として使いながら、自らの利害を守っていく知的ゲームです。そこでは、ビジネスと法務という決められたフィールドの中で正々堂々と勝負する姿勢が、最後には有利に働くのだと思います。

【関連記事】
日本企業の国内軽視が招いた1人当たりGDPの凋落
日産とホンダの経営統合と日本経済の空洞化を考える

ニューズウィーク日本版 日本人と参政党
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年10月21日号(10月15日発売)は「日本人と参政党」特集。怒れる日本が生んだ参政党現象の源泉にルポで迫る。[PLUS]神谷宗幣インタビュー

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

アングル:中国の飲食店がシンガポールに殺到、海外展

ワールド

焦点:なぜ欧州は年金制度の「ブラックホール」と向き

ワールド

過度な為替変動に警戒、リスク監視が重要=加藤財務相

ワールド

アングル:ベトナムで対中感情が軟化、SNSの影響強
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:日本人と参政党
特集:日本人と参政党
2025年10月21日号(10/15発売)

怒れる日本が生んだ「日本人ファースト」と参政党現象。その源泉にルポと神谷代表インタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号返上を表明」も消えない生々しすぎる「罪状」
  • 2
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多い県」はどこ?
  • 3
    ギザギザした「不思議な形の耳」をした男性...「みんなそうじゃないの?」 投稿した写真が話題に
  • 4
    「認知のゆがみ」とは何なのか...あなたはどのタイプ…
  • 5
    大学生が「第3の労働力」に...物価高でバイト率、過…
  • 6
    ニッポン停滞の証か...トヨタの賭ける「未来」が関心…
  • 7
    【クイズ】世界で2番目に「リンゴの生産量」が多い国…
  • 8
    【インタビュー】参政党・神谷代表が「必ず起こる」…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 1
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以外の「2つの隠れた要因」が代謝を狂わせていた
  • 2
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号返上を表明」も消えない生々しすぎる「罪状」
  • 3
    まるで『トップガン』...わずか10mの至近戦、東シナ海で「中国J-16」 vs 「ステルス機」
  • 4
    中国人が便利な「調理済み食品」を嫌うトホホな理由…
  • 5
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 6
    フィリピンで相次ぐ大地震...日本ではあまり報道され…
  • 7
    メーガン妃の動画が「無神経」すぎる...ダイアナ妃を…
  • 8
    時代に逆行するトランプのエネルギー政策が、アメリ…
  • 9
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 10
    日本で外国人から生まれた子どもが過去最多に──人口…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 3
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に...「少々、お控えくださって?」
  • 4
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 5
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 6
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 7
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 8
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 9
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 10
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story