コラム

植田日銀の大規模緩和「出口戦略」は成功しているのか?

2024年03月20日(水)11時00分
植田総裁

植田総裁は19日の会見で大規模緩和政策を転換することを発表した Kim Kyung-Hoon-REUTERS

<アベノミクス以来の「異次元緩和」終了の決断は、ソフトランディングで進んでいるように見えるが>

植田和男総裁率いる日本銀行は、3月19日に金融政策決定会合を開き、黒田東彦前総裁が2013年にスタートして以来続いていた「大規模緩和」政策について、終了を宣言しました。具体的には、マイナス金利を解除すると同時に、長期金利を抑制するための長短金利操作の撤廃も決定しています。

また、上場投資信託(ETF)や不動産投資信託(REIT)などを日銀によって買い入れ、市中にキャッシュを回す政策の終了も決めました。黒田前総裁が「異次元緩和」というニックネームとともに実施し、アベノミクスの「第一の矢」と言われた政策は、ここに終わりを告げました。


この「緩和の出口戦略」については、数日前から気配があったのですが、国際為替市場は大きくは反応していませんでした。緩和政策を止めるということは、金利の引き上げを意味します。そうなれば、円は買われるはずでした。アメリカの連邦準備理事会(FRB)は既に利上げを停止するとともに、反対に利下げの可能性も示唆しています。ということは、今回の日銀の決定によって日米の金利差は急速に縮まることが考えられるからです。

そうなれば、急速な円高が起きてもおかしくはありませんでした。コロナ禍以来、いやリーマンショック以来、世界の各国は経済を刺激するために、歳出を増やし、より大きな債務を抱えるようになっています。そんな中で、日本は巨額の債務を抱えてはいますが、これが個人金融資産で帳消しになるため、通貨発行国としての財務内容は決して最悪ではないという見方があります。

大きく円高に振れることは防いだ

ですから、長い間続いた緩和政策を終わらせる、しかもアメリカとの金利差が急に縮まるということになれば、大きく円高に振れる可能性はありました。そうなれば、海外比率を極端に高めている日本発の多国籍企業の円建ての業績は収縮してしまいます。また海外で株価が形成される、同じく日本発の多国籍企業の株価も急落してしまいます。

これを避けるために、少なくとも3月末の企業決算のシーズンを過ぎてから、緩和を停止するという可能性は取り沙汰されていました。ですが、植田総裁はその前の、この3月のタイミングで緩和中止に踏み切ったのです。春闘の結果、多くの企業で賃上げが確定したことを見計らって動いたとも言えます。その上で、円高に振れるのを防いだばかりか、東京市場の株価は下げるどころか好感しています。

ということは、この「大規模緩和の出口戦略」について、植田日銀はソフトランディングに成功した、少なくとも現時点ではそのように見えます。ちなみに、円高にならず、株も下がらなかった理由としては、日銀が追加利上げの方向性を示さなかったからという解説がされています。

ですが、見方を変えるのであれば、実体経済を反映した「円の実力」が相当に落ちており、その結果として緩和政策を止めても、市場からの円高圧力は生まれなかったという可能性はあります。そして、円高にならないのであれば、海外で収益を作ってくる日本発の多国籍企業の収益は縮小しません。ですから株は上がるというわけです。

中長期的に見れば、このトレンドは日本経済の宿命かもしれません。ですが、今回の緩和政策の出口において、期間限定でもいいので一時期の円高というのは、起きても良かったように思います。また、この後で起きるのであれば、そのメリットを活かすべきです。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

フィリピン国防相、漁師に対する中国の行為は「危険」

ビジネス

トランプ米政権、鉱業部門とさらなる「歴史的取引」計

ビジネス

EU、自動車業界の圧力でエンジン車禁止を緩和へ

ビジネス

午前の日経平均は続落、米雇用統計前の警戒ムード 一
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連疾患に挑む新アプローチ
  • 4
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 5
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 6
    アダルトコンテンツ制作の疑い...英女性がインドネシ…
  • 7
    「なぜ便器に?」62歳の女性が真夜中のトイレで見つ…
  • 8
    「職場での閲覧には注意」一糸まとわぬ姿で鼠蹊部(…
  • 9
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 10
    現役・東大院生! 中国出身の芸人「いぜん」は、なぜ…
  • 1
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 2
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 3
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の脅威」と明記
  • 4
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 5
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 6
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 7
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 8
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 9
    人手不足で広がり始めた、非正規から正規雇用へのキ…
  • 10
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 5
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 6
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 7
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 10
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story