コラム

「EV2035年問題」を日本は乗り越えらるのか

2022年10月19日(水)14時20分

それにもかかわらず、豊田社長はより深刻な口調で「2035年には間に合わない」ことと「何とかしてHVの存在意義を認めて欲しい」と訴えているのです。ここにはもう一つの理由があります。

それは、日本の自動車産業の多くの部分は、幅広い裾野と言われる部品産業も含めて、「内燃機関(化石燃料エンジン)産業」だからです。2035年までの12年間に、この大きな産業全体を「出口」へ持っていって、EVに対応できる部分は転換するというのは「困難」だ、豊田社長が「間に合わない」というのは、そういうことだと思います。

つまり、トヨタという企業としては、「2035年問題」に対応して、製造するクルマを100%EVにして、それでも世界と競争していくことは不可能ではないかもしれません。ですが、その場合には、日本国内の巨大な「内燃機関産業」は完全に消滅し、膨大な雇用が失われる可能性があります。それは「トヨタとしては認められない」ということだと思います。

全面EV化は世界の趨勢

私は豊田社長の姿勢は誠実だと思います。トヨタという多国籍企業だけでなく、日本の国内経済が一定程度回るようにと、必死の訴えをしているからです。では、豊田社長の言うように「2035年以降もせめてHVは残る」ような展開は可能かというと、世界情勢を考えるとそれは難しいと思います。

その場合に、日本経済の衰退スピードがこれ以上加速するのを防ぐには2つのシナリオがあると思います。

1つは、EVの分野で徹底的に戦うことです。EVというのは、内燃機関に比べて設計は非常に簡素です。複雑なエンジンの構造が、モーターや電池、配線、電子回路などのモジュール化したEV部品に置き換わるからです。部品の多くは全世界で標準化が進み、日本より先行した中国などが優位に立ちつつあります。これに対して、昭和の時代には世界一であったエレクトロニクスの伝統を何とか現代に復活させて、徹底的にシェアを奪い返す、それが可能なのか不可能なのか、見極めが必要です。

もう1つは、EV産業では戦えないとなった場合ですが、大学進学率が50%を越す高教育社会でありながら、観光やサービス業を主要産業にして先進国型経済を放棄するというのは、悲劇的に過ぎます。コンピューターソフト、金融、バイオ、製薬などの知的産業が成長するように、教育から雇用制度など社会の構造を徹底的に変革して、2035年に備えることが必要になってくるでしょう。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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