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自国の国旗損壊を罪に問うことの深刻さを考える
外国国旗の損壊は罪に問われるのに自国国旗では問われないのはおかしい……のだろうか Frank Sorge/IMAGO/REUTERS
<その発想法はファシズムや社会主義のような権威主義から来るもの>
自民党は日本の自国国旗を傷つける行為を罰する「国旗損壊罪」制定を目指したプロジェクトチーム(PT)の会合を開いて、議員立法を目指すとしていました。これは高市首相が長年にわたって主張してきたテーマであり、また維新との政策協定にも入っているそうです。
PTでは早速、様々な議論があったようです。例えば、立法の内容によっては「憲法に定める思想・良心の自由や表現の自由を損なう恐れ」が指摘されたり、政治をめぐる論争における柔軟な言論を萎縮させるなどの問題点が論じられているそうです。
この問題ですが、よく言われるのが外国国旗の損壊は罪に問われるのに、自国国旗の場合はスルーというのはおかしいという議論です。こちらに関しては、外国国旗を尊重するのは外交上の相互的な儀礼に関する問題で、いたずらに相手国を刺激して外交上の不利に陥らないためです。一方で、自国国旗の場合は政権や国家に対する強い反対の表明であって内政問題になります。
ですから、外国国旗を傷つけるのは罪なのに自国国旗を傷つけるのは無罪なのは「おかしい」とか「矛盾している」というのは話として全く辻褄が合わないのです。強引なたとえですが、そこを矛盾だから一致させろというのは、外務省に国内向け政策の権限を与えるようなものです。
自由と民主主義の理念を低下させる
この問題ですが、実は非常に深刻な課題だと思います。確かに自国国旗の損壊というのは非常に強い意志表明です。時の政府に対する、あるいは国の方向に対する覚悟を持った反対表明として行う、特別な行動だと思います。そして、これを言論・表現の自由として認めるかどうかということは、その国が自由と民主主義を国の理念、国体(国のかたち)として護持しているかの一つの試金石になると思います。
例えば、明治時代の1890年に起きた「第一高等中学校不敬事件」のことが想起されます。1891年に第一高等中学校(旧制一高、現在の東京大学教養学部)で挙行された儀式において、教員であった内村鑑三が天皇直筆とされる御名を記した教育勅語に対して「最敬礼を行わなかった」ことで非難され、教職を追われています。
また、1937年に起きた矢内原事件も参考になると思います。東大教授であった矢内原は、個人雑誌(今でいうメルマガのようなもの)の『通信』の内容が問題視されました。南京事件を批判する文脈で語った自分の講演の中にあった「日本の理想を生かすために、一先ず此の国を葬って下さい」という言葉を掲載したことが「不穏」だとして、東大教授の座を追われたのです。
この2つの事件はいずれも国旗損壊ではありませんが、同じように国全体の方向性に関する批判が問題視され、事実上罰せられた事件です。そのことで民主主義の未発達(1890年)や、軍国主義による民主主義の停止の動き(1937年)という国の方向性や状態を反映していると思います。自国国旗損壊を罪に問いたいという方向性は、同じように自由と民主主義の理念を低下させることになると思います。
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