コラム

真鍋淑郎博士のノーベル賞受賞報道、2つの疑問

2021年10月13日(水)15時00分

プリンストン大学でノーベル賞受賞の会見に応じた真鍋博士 Mike Seger-REUTERS

<地球温暖化理論の事実上の提唱者である真鍋博士の受賞という快挙なのに、背景にある気象研究に関して日本の報道があまり盛り上がらないのはなぜなのか?>

プリンストン大学では、多くの関係者がノーベル賞を受賞したことで、華やいだムードになっています。金属元素を含まない「有機分子」を触媒として使うことで、左右対称でない分子を作るなど「不斉有機触媒」の開発をしたデイビッド・マクミラン教授が化学賞を受賞しました。また「最低賃金の導入」などを自然実験のように見立てて進める経済学を提唱した3人の経済学賞受賞者のうち2人は同大の出身です。

フィリピンのドゥテルテ大統領を批判し続けるなど、勇気あるジャーナリズム活動で平和賞を受賞したマリア・レッサ氏も同大卒業生です。なかでも、現在は同大の上級研究員である真鍋淑郎博士の物理学賞受賞は、温暖化理論の事実上の提唱者ということもあり、大きな話題になっています。

この真鍋博士の受賞に関しては、日本でも大きく報じられているようですが、その報道について少々の違和感を覚えたのも事実です。2点ほど考えてみたいと思います。

1つは、受賞の報道は例年以上に大きく取り上げられているのに、対象となった温暖化研究に関する関心が、今ひとつ静かだということです。

温暖化はあまりに有名

その理由を考えてみたのですが、1つには、たとえば過去の「ニュートリノの検出」といった未知のテーマですと、日本の社会が持っている科学への好奇心が刺激されて話題になったわけですが、温暖化理論はあまりに有名であるために人々の好奇心を刺激できなかったのかもしれません。

その一方で、温暖化理論に関しては今でも賛否両論があり、また理論を受けて政策課題となった「カーボンゼロ」の実現方法についても、極めて政治的な対立があります。温暖化理論の持つこうした政治的な側面は、過去の受賞のように純粋な科学的好奇心から受賞の話題で盛り上がるには、ジャマだったのかもしれません。

2点目は、日本の気象学の伝統についての話題があまり出ないということです。

アメリカにおける気象学の発展に功績のある日本人は、真鍋博士だけではありません。真鍋博士以上にアメリカで有名な存在として、藤田哲也博士(1920〜1998)の存在があります。藤田博士は、1953年に渡米後、シカゴ大学を拠点にトルネード(竜巻)について、初めて本格的な研究を行い、アメリカにおける竜巻の「階級判定方法」を考案したことで知られています。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

G7外相、イスラエル・イラン停戦支持 核合意再交渉

ワールド

マスク氏、トランプ氏の歳出法案を再度非難 「新政党

ビジネス

NY外為市場=ドル対ユーロで約4年ぶり安値、米財政

ワールド

米特使「ロシアは時間稼ぎせず停戦を」、3国間協議へ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプvsイラン
特集:トランプvsイラン
2025年7月 8日号(7/ 1発売)

「平和主義者」のはずの大統領がなぜ? 核施設への電撃攻撃で中東と世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた発見の瞬間とは
  • 2
    普通に頼んだのに...マクドナルドから渡された「とんでもないモノ」に仰天
  • 3
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。2位は「身を乗り出す」。では、1位は?
  • 4
    「パイロットとCAが...」暴露動画が示した「機内での…
  • 5
    砂浜で見かけても、絶対に触らないで! 覚えておくべ…
  • 6
    突然ワニに襲われ、水中へ...男性が突いた「ワニの急…
  • 7
    ワニに襲われ女性が死亡...カヌー転覆後に水中へ引き…
  • 8
    飛行機のトイレに入った女性に、乗客みんなが「一斉…
  • 9
    自撮り動画を見て、体の一部に「不自然な変形」を発…
  • 10
    顧客の経営課題に寄り添う──「経営のプロ」の視点を…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で大爆発「沈みゆく姿」を捉えた映像が話題に
  • 3
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門家が語る戦略爆撃機の「内側」と「実力」
  • 4
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 5
    定年後に「やらなくていいこと」5選──お金・人間関係…
  • 6
    夜道を「ニワトリが歩いている?」近付いて撮影して…
  • 7
    突然ワニに襲われ、水中へ...男性が突いた「ワニの急…
  • 8
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた…
  • 9
    サブリナ・カーペンター、扇情的な衣装で「男性に奉…
  • 10
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の…
  • 6
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 7
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 8
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 9
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 10
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story