コラム

新型コロナ「専門家」に関する2つの誤解

2021年08月25日(水)17時40分

政府対策分科会の尾身会長は、本来なら政治家が果たすべき役割まで担わされている Issei Kato/Pool/REUTERS

<日本でもアメリカでも感染症学の専門家が政治家の代わりに国民とのコミュニケーションの矢面に立たされている>

これは、日本でもアメリカでも同じですが、今回の新型コロナウイルスの感染拡大においては、感染症学の「専門家」が、政治家の代わりに国民とのコミュニケーションの正面に立たされています。

日本では尾身茂博士、アメリカではアンソニー・ファウチ博士がずっとこの役目を担っています。理由は簡単で、政治家の言葉では国民に届かないので、仕方なしにやっているわけです。感染症への対策について、要点を正確に理解し、その上で国民の信頼を得るように語るスキルを持った人物を首相や大統領にする仕組みがないからで、制度的欠陥とも言えます。

問題は、このために「専門家」が誤解されてしまい、最終的にコロナ対策に関する世論とのコミュニケーションが不全に陥っていることです。ここは原点に帰って、「専門家」の立場ということを考え直してみる必要があると思います。

誤解の第1は、感染症の専門家に対して「経済的、社会的要請を加味した政策」を代弁させることです。アメリカでも、日本でもすっかり当たり前になっていますが、これは原則論から言えばおかしなことです。

専門家の責務は「死者ゼロ」

感染症の専門家の責務というのは、基本的にはその感染症による死者をゼロにするとともに、一刻も早く感染症の終息を実現することです。そう申し上げると、まるで原理主義のように聞こえますし、経済的な影響による社会の疲弊、例えばサービス産業の雇用喪失による自殺者を出しても良いのかといった批判が出るわけです。

もちろん、感染症学の中には例えばロックダウンによる経済的な負荷が、感染症による直接の人命への影響を超えることも想定して、総合的な判断に協力するという姿勢はあります。ですが、感染症対策において、社会や経済への影響を加味した判断を下すのは政治家であり、その判断を国民に訴えて協力を求めるのも政治家の仕事です。

政治家がこの責務から逃げて、国民への訴えかけを専門家に投げるのは責任放棄と言えます。また、専門家には感染対策寄りの声を代弁させ、経済閣僚には経済優先の代弁をさせ、内閣全体としてはミックスしたメッセージを出してゴマかすというのも姑息です。

感染症の専門家は、どの方も内心の職業倫理としてその感染症における患者を救命することが最優先ということが前提となっているはずです。それはそれで良いのです。アメリカでも日本でも、経済的な苦境などから来る専門家に対する批判や脅迫などがありますが、これもお門違いです。批判を受けるのは政治の責任だからです。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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