コラム

日本の自動車産業はどうして「ギリギリ」なのか

2020年12月22日(火)16時00分

つまり、全体を要約すると、原発の再稼働なしにはEV化はできないし、日本国内でのEV生産もできない。また軽四中心のインフラの中ではEV普及もできない、という指摘です。これは大変な問題で、この複雑な連立方程式をどう解くかは、国家存立に関わる問題と言っても良いかもしれません。

やや話がヨコにズレますが、この豊田氏の指摘を聞いていて、私は経産省とトヨタがEVだけでなく「燃料電池(液体水素)車」の開発にこだわっていた理由が理解できるような気がしました。

つまり2050年が近づく中で、日本が国家として原発再稼働を決断できない場合は、燃料電池車を普及させる、その際に水から酸素を抜いて液体水素を作るという工程に関しては、クリーンな電源の足りない日本ではなく、海外で製造して輸送するという手段が使えるわけです。そうすればクルマの製造は難しくても、売ったクルマを走らせることはできるわけです。

日本にとって電力購入は困難

例えば、川崎重工業は昨年(2019年)に「すいそ ふろんてぃあ丸」という世界初の「液化水素運搬船」を製造しています。この背景には「水素エネルギーサプライチェーン」構想というのがあり、具体的にはオーストラリアで作った液体水素を日本に輸入する計画があるようです。

日本の場合は、原発を廃止しても地続きのフランスから電力を購入できるドイツなどと違って、電力の購入は困難です。多分、経済的には厳しいシナリオになると思いますが、最悪の場合を想定して、燃料電池車というオプションは残そうということなのかもしれません。

いずれにしても、菅政権が「2050年にカーボンニュートラル実現」という中長期の国策を提示したのは、豊田氏も指摘していた通り、一歩前進だと思います。問題は、これに伴ってEV化を実現するのであれば、そのために電源の問題と、軽四の問題をクリアしなくてはならないし、電源に関する決断ができなければ、苦しくても燃料電池に活路を見出すしかない、ということです。これは、国民的な議論が必要な問題です。

ニューズウィーク日本版 高市早苗研究
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年11月4日/11日号(10月28日発売)は「高市早苗研究」特集。課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら



プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米肥満薬開発メッツェラ、ファイザーの100億ドル買

ワールド

米最高裁、「フードスタンプ」全額支給命令を一時差し

ワールド

アングル:国連気候会議30年、地球温暖化対策は道半

ワールド

ポートランド州兵派遣は違法、米連邦地裁が判断 政権
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 2
    「遺体は原型をとどめていなかった」 韓国に憧れた2人の若者...最悪の勘違いと、残酷すぎた結末
  • 3
    「路上でセクハラ」...メキシコ・シェインバウム大統領にキスを迫る男性を捉えた「衝撃映像」に広がる波紋
  • 4
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    クマと遭遇したら何をすべきか――北海道80年の記録が…
  • 7
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 8
    【銘柄】元・東芝のキオクシアHD...生成AIで急上昇し…
  • 9
    なぜユダヤ系住民の約半数まで、マムダニ氏を支持し…
  • 10
    長時間フライトでこれは地獄...前に座る女性の「あり…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 5
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 6
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 7
    だまされやすい詐欺メールTOP3を専門家が解説
  • 8
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 9
    「遺体は原型をとどめていなかった」 韓国に憧れた2…
  • 10
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 9
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 10
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story