コラム

麻薬王エル・チャポが、メキシコからアメリカに移送されて有罪判決を受けた理由

2019年02月14日(木)15時00分

2016年1月、2度目の脱獄後にメキシコ当局に身柄を確保されたエル・チャポ Edgard Garrido--REUTERS

<史上空前の麻薬王は、大量の麻薬密輸だけでなく数千人の殺害に関与したとされ、メキシコでの2度の脱獄の末にアメリカに身柄移送された>

メキシコからアメリカに移送されて裁判を受けていた、「エル・チャポ」こと史上空前の麻薬王、ホアキン・グスマン・ロエーラ(JGL)に対して、2月12日に有罪判決が下されました。ニューヨークのブルックリンにある連邦地裁では、この3カ月間、厳戒態勢の中で裁判が続いていましたが、これで一つの区切りを迎えたことになります。

メキシコ人であり、メキシコ最大の犯罪組織シナロア・カルテルのボスとして、闇の麻薬ビジネス界に君臨していたJGLが、どうしてアメリカで裁判を受けていたのかというと、そこには2015年7月に発生したJGLの脱獄という事件があります。

それ以前に一度、2001年にJGLは、メキシコの刑務所からの脱獄に成功していました。この時は、多くの刑務官を買収して堂々と逃げたとされ、メキシコ政府の権威は地に落ちたのです。ですから、JGLの再逮捕は、メキシコ政府の威信が懸かる事態となりました。2014年には警察ではなく、メキシコ海兵隊という正規軍が投入され、その結果として再逮捕に成功していたのです。

ですが、2015年にJGLは一味の協力もあって、何と1マイル(1.6キロ)のトンネルを掘って再度脱獄に成功したのでした。これに対して、アメリカ政府は激怒したのです。というのは、メキシコからアメリカに対して密輸される麻薬の半分についてJGLの組織が関与しているとされる一方、長年の「麻薬戦争」の中でアメリカ側は何度もメキシコに対して、JGLの身柄引き渡しを要求していたからです。

その要求を断っておきながら脱獄を許すとは何だ、というわけで当時のオバマ政権は激しい怒りを表明しました。窮地に追い詰められたメキシコ政府は、2016年の1月に銃撃戦の末、JGLの身柄確保に成功しました。この時点で、オバマ政権は「2度の脱獄を許している以上、メキシコの刑務所は信用できない」として、身柄引き渡しを強く要求。メキシコ政府もこれに応じざるを得なかったのです。

身柄引き渡しは2017年1月19日、つまりオバマ政権の最後の日でした。JGLはアメリカの検察に対して「無罪」を主張、司法取引は成立せずに裁判となったわけですが、組織による攻撃等も予想される中、法廷の準備に時間がかかり、裁判は2018年11月にスタートしました。

地元ニューヨークのメディアは、法廷の様子を詳細に報じていましたが、異様な裁判だったようです。まず、JGLの側は資金力にモノを言わせて、膨大な「反証」を用意するという戦術に出ました。これに対して検察は、それを上回る証拠を持ち出し、この種の刑事事件としては異例である、双方が膨大な証拠を提出する裁判となったのです。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ロシア安保高官が今月2回目の訪朝、金総書記と幅広い

ビジネス

アングル:日銀、経済下押しの程度を注視 年内利上げ

ワールド

トランプ氏、ミネソタ銃撃事件で知事への電話拒否 「

ワールド

トランプ氏、イランの核兵器完全放棄望む 特使派遣の
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:コメ高騰の真犯人
特集:コメ高騰の真犯人
2025年6月24日号(6/17発売)

なぜ米価は突然上がり、これからどうなるのか? コメ高騰の原因と「犯人」を探る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロットが指摘する、墜落したインド航空機の問題点
  • 2
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?...「がん」「栄養」との関係性を管理栄養士が語る
  • 3
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 4
    若者に大不評の「あの絵文字」...30代以上にはお馴染…
  • 5
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 6
    イタリアにある欧州最大の活火山が10年ぶりの大噴火.…
  • 7
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
  • 8
    50歳を過ぎた女は「全員おばあさん」?...これこそが…
  • 9
    林原めぐみのブログが「排外主義」と言われてしまう…
  • 10
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されず…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロットが指摘する、墜落したインド航空機の問題点
  • 3
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 4
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未…
  • 5
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 6
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタ…
  • 7
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?.…
  • 8
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 9
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されず…
  • 10
    今こそ「古典的な」ディズニープリンセスに戻るべき…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 3
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊の瞬間を捉えた「恐怖の映像」に広がる波紋
  • 4
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 5
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 6
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 7
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 8
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 9
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
  • 10
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story