コラム

大物プロデューサーのセクハラ騒動と、ハリウッド文芸映画の衰退

2017年10月12日(木)15時00分

一方で、今回の「ワインスタイン解任劇」ですが、その主役となった共同創業者というのは、ボブ・ワインスタイン氏、つまりハービーの2つ年下の弟です。2人は、「ミラマックス(兄弟の両親の名前を合わせたもの)」を最初はロックコンサートのプロモーターとして立ち上げ、その後に映画産業に進出、ディズニーをスポンサーに引き入れて多くの作品を共同で製作してきました。

やがて、ディズニーが「ミラマックス」から手を引くと、兄弟はその「ミラマックス」を売却して「ワインスタイン&カンパニー」を立ち上げたわけです。その「ワインスタイン&カンパニー」から、ボブ氏が兄のハービーを「追放」したわけですが、そこには単に兄のセクハラが露見したというだけでなく、現在ハリウッドが抱えている経営上の問題があるという見方もできます。

若いときから二人三脚で映画のプロデュースをしてきたワインスタイン兄弟ですが、兄のハービーは文芸志向であった一方、弟のボブはエンタメ志向ということで明確な「分業体制」があったようです。

ミラマックス映画にしても、ハービーがのめり込んでいった『イングリッシュ・ペイシェント』や『恋におちたシェイクスピア』といった文芸作品の製作費は、若者向けのホラー作品である『最終絶叫計画』シリーズや、子供向けの『スパイキッズ』などボブの担当した作品が稼いで帳尻を合わせていたと言われています。そうした二人三脚は「ワインスタイン&カンパニー」でも続いていたようです。

ですが、2008年のリーマン・ショック、そしてこの前後以降のDVDからストリーミング配信への移行、あるいはシネコンの集客力の鈍化など、映画産業全体が激変する中で、「スーパーヒーロー映画」などは依然として収益が期待できるものの、文芸作品を取り巻く環境は厳しくなっていきました。ですから、兄弟のうちで文芸映画を担当していたハービーを、エンタメ中心のビジネスを率いていたボブが「事件を理由に追放した」という見方もできると思います。

文芸映画というジャンルの苦境という観点では、「ワインスタイン&カンパニー」のライバルであった「レラティビティ・メディア」が2015年に経営破綻した事件も思い起こされます。この「レラティビティ・メディア」は、かつての「ミラマックス」以上に「エンタメ作品」と「文芸映画」の双方のジャンルにわたって多くの作品を製作していたのですが、結局は行き詰まってしまいました。

「レラティビティ・メディア」破綻の影響で、多くの作品の製作が難しくなり、今でも業界にはその後遺症が残っています。さらにこれに、ワインスタインのスキャンダルという事件が重なったわけです。今回のセクハラ事件は、弁解の余地のないものである可能性が高いですが、同時にハリウッドの文芸映画というジャンルが勢いを失っていることの象徴でもあるように思います。

【お知らせ】ニューズウィーク日本版メルマガリニューアル!
 ご登録(無料)はこちらから=>>

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

アマゾンなど3社の株主、米移民政策の影響開示を要請

ビジネス

仏経済、26年上半期は0.3%成長へ 消費安定=I

ビジネス

アングル:フォードのEV撤退、政策転換と需要減の二

ワールド

高市首相の解散判断「容認」、議員定数削減前でも=吉
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    空中でバラバラに...ロシア軍の大型輸送機「An-22」…
  • 5
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 6
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 7
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 8
    【銘柄】「日の丸造船」復権へ...国策で関連銘柄が軒…
  • 9
    9歳の娘が「一晩で別人に」...母娘が送った「地獄の…
  • 10
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 4
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の…
  • 5
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 6
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 7
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 8
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 9
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 10
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story