コラム

ロシア疑惑の特別検察官任命、その意味とは

2017年05月19日(金)16時50分

このローゼンスタインについては、先週の時点では解雇を要求する声が起きていました。民主党からは「トランプ大統領を焚き付けてコミー解雇に持っていった仕掛け人」だという声があった一方で、いやいや「解任提案書を読むとヒラリー落選という政治的混乱を作ったという理由でコミーを批判しているから怪しい」という声がホワイトハウス周辺からも出ていたのです。ですが、そうした両側からの「雑音」は今回の特別検察官任命でピタッと止みました。

では、この特別検察官の任命というのは、どのような意味を持つのでしょうか? 簡単に整理してみます。

まず、就任したマラーとはどんな人物かということですが、2001年9月の9.11テロの直前に就任し、ブッシュ、オバマの両政権に仕えたFBI長官です。10年の任期切れにあたっては、オバマ大統領が特に任期延長を提案すると、上院が全会一致で承認するなど与野党から信頼されています。

ロシア問題に関しては、2013年4月にボストン・マラソンが襲撃されたテロ事件の直後に、自身がモスクワに乗り込み、実行犯やチェチェン独立派に関するロシア側の資料の精査を行っています。結果的に何も表沙汰にはなりませんでしたが、これはロシア当局による「テロリスト泳がせ」を疑ったオバマ大統領の特命であったと言われています。

【参考記事】カナダ首相は「反トランプ」という幻想

次に捜査対象ですが、当面はフリンとマナフォートが「突破口」になるのだと思われますが、特別検察官としての捜査対象は選挙運動中のトランプ陣営全体であるとされています。フリンとマナフォートの行動を徹底的に調べると同時に、フリンの捜査を中止せよと圧力をかけた大統領ももちろん、捜査対象となります。

一つ懸念されるのは、この特別検察官制度というのは、膨大な実務を伴うものです。ですから、例えば1972年に発覚した「ウォーターゲート事件」の場合は、最終的に大統領弾劾の直前まで持っていくのに2年を要しています。1990年代後半にクリントン政権の「ホワイトウォーター事件」を捜査したケネス・スター特別検察官(当時)は、書類の審査を先行させる方式で作業の短縮ノウハウを残しているそうですが、やはり相当な時間を要することになるでしょう。

ですから、先週から今週にかけて発生した「怒涛のようなスキャンダルの連続」は、当分は止まるかもしれません。17日に暴落した株とドルが、18日には少し戻しているのにはそうした事情もあります。

では、これで政治も経済も当面は落ち着くのかというと、それは違うと思います。まず、疑惑が晴れたわけでは全くなく、これからは疑惑が深まっていくことになります。その一方で、トランプ大統領は「自分の信条はネバー・ネバー・ギブアップ」であるとか「自分は大統領として歴史上最もヒドい仕打ちを受けている」(17日の沿岸警備隊学校の卒業式での訓示)などと発言しています。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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