コラム

道徳教材に「二宮金次郎」、何が問題なのか?

2014年04月02日(水)11時25分

 要するに21世紀の現代社会では、この「二宮金次郎」のストーリーというのは批判的な討論の材料にしか使えないのです。それを小学校1・2年生用の教材に使用するのは誤りだと思います。

 ではそもそも、どんな授業をすればいいのでしょう? 例えばですが......

先生「おじさんはどうして油を使っちゃいけないと言ったのかな?」
生徒「ハーイ。たぶんお金がなくて困っていたんだと思いまーす。」
先生「正解だ。では君たちは自分が金次郎だったらどうするかな?」
生徒「私も、金次郎みたいに自分のできることをやって人に迷惑をかけないようにしまーす。」
先生「正解だ。みんなも、困ったらまず自分ができることをするんだよ。人に頼ったり、欲しい欲しいなんて言う前に努力する人間になりなさい」

 というような授業が理想であり、そのような教師が人事考課で評価され、このエピソードを否定的に扱った教師は「処分」される、あるいは、このような「正解」を言った子供は「良い成績」(今のところ、成績はつけないという話のようですが)になるというのが「道徳教育」であるならば、それは勘違いもいいところです。

 それでは、教師も生徒も「こういう教科書」が与えられたのなら「それが正解だろう」という「謎解き」をすることになるだけだからです。そのような「正解探し」の能力からは困難を打開する知恵も、困難に打ち勝って自分を高めるモチベーションも生まれては来ません。

 いずれにしても、妙なファンタジーを教育現場に持ち込むのはいい加減にして欲しいと思いますし、それに対して「戦前の修身教育の復活だ」というような意味のない批判で済ませるのも止めて欲しいと思います。

 実務的には以上ですが、こうした「道徳教育」という発想のウラにある「思想性」に関しては、そう簡単に見過ごせないものがあるように思います。それは、グローバルな世界の価値観、つまり「個の尊厳」とか「平等、権利、自由」といった考え方に合わせていては、日本古来の文化が失われるという観点から、国境の内側に閉じこもりたいという発想です。

 その根底にあるのは近代の否定ということだと思います。個の尊厳を否定し、将来ある若者を年長者に忍従するように仕向け、アジアの草深い世界に帰って行きたい、そのような思想です。もしかしたら、人口も経済も縮小する中で、「整然とした撤退戦」を戦うには、そうした思想が全員の幸福につながるという判断があるのかもしれませんが、全くの誤りです。

 残念ながら日本は成熟国家であり、最先端の高付加価値産業で食べていくしかないからです。忍従の思想で訓練して生産性を上げれば、労働集約型の産業でも新興国に伍していけるなどというのは幻想に過ぎません。そのためには、日本人の生活水準を今から更に50%以上切り下げなくてはならないからです。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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