コラム

米SAT改訂とアメリカの受験戦争

2014年03月13日(木)13時06分

 ちなみに、今回のSATの改訂は、英数2科目の「レギュラーSAT」だけが対象です。数学や理科などの科目別に受験する、もう一つの「統一テスト」である「SAT・サブジェクトテスト(通称SATⅡ)」には一切の変更はありません。大学単位の先取り試験である、APやIB(インターナショナル・バカロレア、これはアメリカの制度ではありませんが)にも変更はなく、またSATⅡ、AP(またはIB)などを受けて良いスコアを持っていることが必要だということも全く変化はありません。

 有名大学に入るには、例えば理系の場合では「SATⅡの生物、化学、物理、数学2」で800点満点近辺、そしてAPの「生物、化学、物理、微積分BC」で5点満点を揃えて大学に出願するのが「安全」という一つのガイドラインがあります。これに関しては緩和されることはないと思われます。

 ちなみに今回の改訂では、SATの「満点」に占める数学の割合が、2400点満点中の800点(33%)から、1600点満点中の800点(50%)に増えます。大規模公立校などでは、合否ということでも、あるいは奨学金支給判定ということでも、数学の出来る生徒が有利になると言っていいでしょう。これも2005年以前に戻ることになります。

 いずれにしても、アメリカのAO入試では、特に理系の場合は高校生の学力について、できれば大学の教養科目段階まで「先へ進むこと」そして「良い点数を取ること」が期待されています。その上で、一芸に秀でた学生を探す努力も二重に行っているのが、アメリカの入試制度です。

 日本の場合は、面接の導入などを通じて「高校生に抽象概念の操作能力」への関心を向けるようなメッセージ発信が模索されています。私は、それは方向性としては間違っていないと思います。

 そうではあるのですが、日本の入試制度の最大の問題は、受験勉強が易しすぎるということだと思います。理数系ではカリキュラムの上限が低すぎます。レベルの低い範囲内で考案されたパズルのような難問奇問が出題されたり、作業が正確であることが過剰に重視されています。

 更に受験の際に理科が2科目で良いというのも大問題で、「物理2+化学2+生物2」の3科目を統一テストなどで評価するようにして、真剣に3つとも高校時代に履修させれば、多くの学科で大学教育の効率は良くなると思うのです。文系で数学が軽視されているとか、統計学が無視されている点に至っては、教育制度の欠陥としか言いようがありません。

 日本でアメリカの受験制度を参考にする動きがあるようですが、その本質をよく理解した上で検討していただきたいと思うのです。表層だけマネするようなことがあっては、日本の制度の長所が失われるだけで制度全体が崩壊する危険があると深く憂慮しています。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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