コラム

安倍首相の「歳末の靖国参拝」が対立軸を固定化する不毛

2013年12月26日(木)12時17分

 一方で、辺野古の埋め立ては、米軍の側に「危険な普天間の使用は早く止めたい」という既定方針があり、同時に「抑止力維持のためには日米合意である辺野古移転を進めて欲しい」という要求があるわけです。これに対しては、普天間返還後の環境問題を「追加の協定で」合意するという方向での沖縄県/安倍政権/米国務省の合意も見えてきたわけです。

 一方で、このように日米関係が動き出している中で、しかもキャロライン・ケネディ駐日大使が着任して「自分は広島には行ったことがあるが、長崎はない」ということから、わざわざ長崎に赴いて平和祈念像に献花をしているなど、日米が「打算ではなく精神的にも緊密な同盟」であるような配慮を強めているわけです。

 その延長上には、来年春のオバマ大統領のアジア歴訪ということがあり、そこで「ひょっとしたら」現職大統領の広島・長崎での献花外交ということも見えて来るかもしれない、私はそんな期待も抱いていました。ですが、今回の靖国参拝で、それも難しくなるように思います。

 安倍首相は否定するかもしれませんが、首相の靖国参拝を歓迎する勢力の中にはサンフランシスコ講和の前提であった極東軍事裁判の正当性に挑戦する思想があるわけで、これは当事者であるアメリカの現在の史観に対する挑戦でもあるわけです。ケネディ大使という人は、クラシックな民主党支持者にとって伝説であるJFKの長女ですから、そのケネディ大使自身がこうした安倍首相の行動を歓迎することは政治的に不可能です。

 いずれにしても、ここ数日の安倍政権の行動は「政治的な信任、政治的な資産」を一気に使いきってでも懸案を片付けてしまおうという焦りのようなものを感じます。もしかしたら、消費税率アップ後の景気の冷え込みを今から恐れているのかもしれません。そうなったら政権を投げ出す覚悟で、今のうちに何でもやっておこう、そんな「駆け込み的」あるいは「先のことは知らない」というようなニュアンスも感じられます。

 もう一つ考えられる「解説」としては、辺野古沖埋め立て問題にしても、原発再稼働にしても、いわゆる「左からの批判」だけでなく「右派からの対米従属批判」や「右派の自然観からの反原発」などもあるわけで、それを「靖国参拝」で封じなくてはならなかったというストーリーです。

 仮にそうだとしても、日本がそのように「面倒くさい国」だということになれば、アメリカとしては少なくともビジネスの話だけは合理的にどんどん進めることができる中国との関係を優先する、長期的にはそんなことにもなりかねないわけで、それも日本の利益になる話ではありません。

 いずれにしても、年明けの日本をめぐる政治経済の情勢は波乱含みになってきました。都知事選の人間ドラマを面白がっている場合ではないと思います。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

イスラエルが軍事施設数十カ所攻撃、イランからもミサ

ビジネス

欧州投資銀、融資枠1000億ユーロに拡大 防衛強化

ワールド

ガザの水道システム崩壊、ユニセフが危機感 銃撃や空

ビジネス

中国歳入、1─5月は前年比0.3%減 税収・土地売
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:コメ高騰の真犯人
特集:コメ高騰の真犯人
2025年6月24日号(6/17発売)

なぜ米価は突然上がり、これからどうなるのか? コメ高騰の原因と「犯人」を探る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 2
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「過剰な20万トン」でコメの値段はこう変わる
  • 3
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の「緊迫映像」
  • 4
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 5
    全ての生物は「光」を放っていることが判明...死ねば…
  • 6
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
  • 7
    マスクが「時代遅れ」と呼んだ有人戦闘機F-35は、イ…
  • 8
    「巨大キノコ雲」が空を覆う瞬間...レウォトビ火山の…
  • 9
    「まさかの敗北」ロシアの消耗とプーチンの誤算...プ…
  • 10
    「アメリカにディズニー旅行」は夢のまた夢?...ディ…
  • 1
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 2
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロットが指摘する、墜落したインド航空機の問題点
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
  • 5
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 6
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の…
  • 7
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 8
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?.…
  • 9
    イタリアにある欧州最大の活火山が10年ぶりの大噴火.…
  • 10
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊の瞬間を捉えた「恐怖の映像」に広がる波紋
  • 3
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 4
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 5
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 6
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 7
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測…
  • 8
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 9
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 10
    猫に育てられたピットブルが「完全に猫化」...ネット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story