コラム

2020年東京オリンピック、問題山積の公共交通機関

2013年10月01日(火)11時37分

 前回はオリンピックに伴う「知的所有権」の問題を取り上げましたが、こちらはまだ「ロンドンの教訓」を分析すれば議論は進むと思います。ですが、もう1つの「交通機関」の問題については、色々と心配な問題があります。7年などはアッと言う間ですから、今から議論を尽くすことが必要です。

 オリンピックと交通機関というと、いきなり「リニアは間に合うのか?」という話に飛びがちですが、そんな大がかりな話をする前に、考えることはたくさんあると思います。そう申し上げると「今でも東京にはたくさん外国人が来ていて、とりあえず問題が起きていないのだから大丈夫だろう」という楽観的な見方が出てきそうですが、そうは安心できません。

 まず、細かな問題ですが駅名やバス停の名称の問題があります。例えば、東京メトロの丸ノ内線と千代田線には「国会議事堂前」という駅があります。この駅について現在のローマ字表記は "Kokkai-gijido-mae" ということになっています。これでは、長期滞在の外国人はともかく、初めて東京に来た人には「ジュゲムジュゲム」的な意味不明な名前です。そうではなくて、意味が英語でちゃんと分かるように "National-Diet-House" とする方が覚えやすいし分かりやすいように思います。

 駅名に関しては、同じく東京メトロの場合「明治神宮駅」はほとんど「原宿」だったり、どうしてJRが「御茶ノ水」で、千代田線が「新御茶ノ水」なのかというように、営業主体によって不統一で分かりにくいという問題があります。これも統合が必要でしょう。面倒だからと外国人用に「駅番号」を振るという措置をしていますが、肝心の東京都民に定着していないので聞かれても分からないわけで、これもダメです。とにかく「英語の分かりやすい駅名」を「ちゃんと統一」して行くことが必要です。

 駅名の次は線名です。JRの山手線ではご丁寧に各駅ごとに英語で「乗り換え案内」をやっていますが、"Please change here for..." と乗り換え線名を延々と並べられても、東京初心者にはやはり「ジュゲムジュゲム」になってしまいます。新宿などは "the Chuo Line, the Saikyo Line, the Shonan-Shinjuku Line, the Odakyu Line, the Keio Line, the Marunouchi Subway Line, the Shinjuku Subway Line, and the Oedo Subway Line." などと言われても全くわからないでしょう。

 この中で、埼京線と湘南新宿ラインは当面は山手線と並走しているが、そっちのほうが速達性があるとか、湘南新宿ラインは中距離だとか、同じ中央線でも近距離と中長距離とは別だとかいうような「重要な情報」は完全に欠落しています。勿論、限りあるアナウンスの中にそうした要素を全部詰め込むことは不可能です。ですが、線名に関してはもう少し整理ができるのではないでしょうか。

 例えば、線名をカラーで表示するということが考えられます。そのカラーですが、今でも地下鉄はやっているし、JRの中では中央線快速がオレンジだとか、京浜東北がブルーというようなイメージカラーがあるわけです。ですが、地下鉄、JR、私鉄を通して一貫した「色分け」というのはできていません。また近距離と中距離のカテゴリの違いも分かるようにすべきでしょう。

 ちなみに、優等列車の名称も各社バラバラで、特急の上に快特があったり、準急の下に区間準急があったり、全くチンプンカンプンです。勿論、停車パターンを細かく変えているのは、距離に応じた乗客の分散を図る上で必要なのですが、名称の統一ぐらいできないでしょうか?

 駅名、線名と並んで大変なのが運賃体系と、出札、改札の問題です。まず運賃の問題については、世界の主要都市の中でここまで複雑なのは珍しいと思います。とにかく、JR、東京メトロに都営地下鉄、そして私鉄各社と細かく経営主体が分かれており、それぞれに運賃体系があり、一部に乗り継ぎの割引があるものの、基本的には経営主体の違う線に乗り換えると運賃は足し算式になっていくばかりか、乗り継ぎ切符の購入は不便、しかも2社から3社に乗り入れて直通運転をしている場合もザラにあるというのですから、初心者にはチンプンカンプンでしょう。

 私は、この際ですから東京オリンピックの開催期間は「23区内」は均一料金にしてはどうかと思います。そうなると、既存の定期券客との問題や、圏外との乗り継ぎ運賃の整合性など複雑な問題が発生しますが、例えば成田と羽田と関空だけででも「東京五輪観戦者、参加者用の均一料金切符」を販売して、外国からのお客さんが混乱しないようにしてはどうかと思うのです。

 その他にも、バスと電車の通しの料金を設定するのか(広域の均一料金に入れるのか)? 会場エリアの交通網について一般車両の乗り入れを禁止する代わりに、連結型のハイブリッドバスなどを導入してはどうか、など色々と気になる問題があります。そもそも、「満員電車」というのをカルチャーとして受け付けない外国人に対して、どれだけの輸送力を確保するのかというシミュレーションもしっかり行う必要があるでしょう。

 最後に空港アクセスについてですが、五輪を契機として「都心直結線」という構想もあるようです。つまり、都営浅草線に東京駅を通るバイパスを設けて、それこそ成田と羽田を「エアポート快特」で1時間で結ぶというのですが、そんな大げさな話にしなくても、他にも色々なアイディアはあるように思います。

 例えば、成田からはJR経由で錦糸町まで「エクスプレス・シャトル」列車のサービスを行い錦糸町には大きなバスターミナルを設けて、各ホテル、各競技場まではバスでアクセスさせるとか、あるいは京成の場合は押上あたりに同様のバス乗り換えターミナルを設ける、羽田からは浜松町ないし品川に同じようなバスのターミナルを設けるというのはどうでしょうか? これに空港からダイレクトのバスのサービスを絡ませて乗客を分散するのです。

 また、成田の場合は都心まで300ドルという「世界最高水準」のタクシー料金について、何らかの工夫はできないものでしょうか? 例えば、バスや電車でどこかのターミナル(上記の錦糸町とか、押上とか)まで来て、そこで「エアポート・タクシー」に接続させるとか、あるいは都心まで3万円というのを思い切って1万円以下にするとか、この際ですから考えるべきと思います。いずれにしても、今の空港アクセスでは混乱する可能性があり、今から考えておく必要があると思います。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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