コラム

アメリカの「独立記念日」が「花火とBBQだけ」である理由とは?

2013年07月04日(木)12時48分

 7月4日は、アメリカでは独立記念日の祝日です。アメリカというと、愛国心が強いとか、国旗や国歌が大好きというイメージがあり、この「独立記念日」の祝い方も確かに派手なものがあります。有名なNYのハドソン川、フィラデルフィア、ワシントンDC、ボストンなどだけでなく、全国各地で盛大に花火大会が行われますし、各家庭は「夏のバケーション」ということで旅行に出かけたり、あるいは家でBBQパーティーをしたり、年間を通じた休日の中でも「楽しみな日」というイメージだと思います。

 しかし、裏返して考えると「それだけ」だということも言えます。「独立記念日」の祝賀行事で、大統領がスピーチをするということもありませんし、そもそも政治家がこの日に何か言うということもありません。また、「独立記念日に当たり、アメリカとは何かを問う」とか「愛国の原点に帰れ」などというような「お堅いシンポジウム」などもありません。

 とにかく、花火とBBQ、これに尽きるのです。例えば、有名な「ホットドック大食い大会」だけでなく、全国で「大食い大会」的なイベントはありますが、これもBBQの延長ですし、花火大会には「野外音楽コンサート」が付随していることも多いですが、これは単に「暗くなるのを待っている間のイベント」に過ぎないわけで、あくまで花火が中心。そう考えると、本当に花火とBBQしかないわけです。

 この日は祝日で、多くの場合は連休になることから、映画館が賑わうのですが、独立記念日にちなんだ映画といえば、何と言ってもローランド・エメリッヒ監督の『インデペンデンス・デイ』(1996年)でしょう。エイリアンがホワイトハウスを爆破してしまうというのも、これに対して大統領自身が戦闘機で戦って「人類の再独立」を達成するというのも、正に「花火大会」の「ノリ」であって、それ以上でも以下でもない作品です。

 国家ということには極めて意識的なアメリカ人ですが、どうして「独立記念日」に対してはこんなに「お気軽」なのでしょうか? 1つには、その歴史的経緯があると思います。アメリカの「独立宣言」というのは1776年の7月4日に行われたわけで、この日を祝賀するのが、この「独立記念日」であるわけですが、実はこの「1776年の7月4日」というのは、そんなに「派手な日」ではないのです。

 植民地住民による英国王軍に対する反乱は、前年に始まっていたのですが、この1776年の7月の時点では勝利するどころか、ボストン周辺での戦いでは苦境が続く中、カナダへ転戦したのも上手く行かず「かなり苦しい」状況になっていたのです。そんなわけで「もう一歩も退かない」という「不退転の決意」を示すために「独立を宣言した」という意味合いが強いわけです。

 では、その「宣言」をすることで士気が高まったり、戦況が好転したかというと、決してそうではなく、特に、ニューヨーク周辺での戦いで負け続けた大陸軍は12月中旬までには、ニューヨーク、ニュージャージーから駆逐されてペンシルベニアに撤退を余儀なくされていました。戦況が好転するのは、その年のクリスマスに決行した奇襲が成功してからですが、その後もフランスの助けを借りなくてはならないなど、そんなに楽な戦争ではなかったのです。

 最終的な戦勝は「ヨークタウンの戦い」で、これが1781年、その後は「憲法を制定して連邦政府を作るのか?」という問題でスッタモンダして、憲法ができたのが1787年。憲法に基いて初代大統領にワシントンが就任して何とか国の体裁ができたのは1789年で「独立宣言」から13年も経っているわけです。

 そんなわけで、1776年7月にはそんなにドラマチックなことは起きなかったのです。ただ、まがりなりにも「独立を宣言してしまった」という事実をもって、独立への求心力にして行ったということはあるようで、その翌年から毎年少しずつ「祝賀行事」が行われていったようです。花火大会や、赤青白の3色の飾り付け、13発の礼砲などといったイベントは、「1周年」である1777年から始まっていると伝えられています。

 つまり「1776年の7月4日」に何かが起きたわけではないが、翌年から「その日」を祝うことが少しずつ伝統となっていったというのが正確なわけです。この日に「シリアスな行事」がないのには、そんな背景があるのです。

 また、憲法制定とか初代大統領就任というような「記念日の祝賀行事」が伝統になっていないのには、政治的な理由があります。先ほど、独立戦争に勝った後に「憲法を制定して連邦政府を作るのか?」という議論に時間がかかったと申しましたが、これはそのまま「連邦政府に大きな責任と権限を」という民主党と、「連邦政府の機能は縮小を」という共和党のイデオロギー対立として、今も激しい対立になっているわけで、記念日をクローズアップすると「政治的な対立」になってしまうと思われます。

 そんなわけで、「7月4日」であれば超党派で祝うことができるし、「独立宣言」自体が大きなイベントではなかったにしても、その宣言の日を毎年祝うことで最終的に独立戦争に勝ったというストーリーは「悪くない」......この日にはそんな背景があるわけで、「真面目なスピーチ」などという野暮なことはやらずに、花火とBBQを楽しむという「ノリ」になっているのです。

 ちなみに、その花火ですが、地方によっては「7月4日の当日」ではなく、前後の適当な日にやるところもあります。私の住むニュージャージー州南部のマーサー郡では、今年の場合、郡主催の花火大会は先週の土曜日、6月29日にサッサと行われてしまいました。そうした「ユルさ」も含めて、「国のかたち」を象徴するこの「独立記念日」が、実にリラックスしたものだというのは、アメリカという国の「国柄」を明るくしているということは言えるでしょう。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏「無駄な会談望まず」、米ロ首脳会談巡り

ワールド

EU通商担当、中国商務相と電話会談 希土類輸出規制

ビジネス

米国株式市場=まちまち、堅調な決算受けダウは200

ワールド

欧州、現戦線維持のウクライナ和平案策定 トランプ氏
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:脳寿命を延ばす20の習慣
特集:脳寿命を延ばす20の習慣
2025年10月28日号(10/21発売)

高齢者医療専門家の和田秀樹医師が説く――脳の健康を保ち、認知症を予防する日々の行動と心がけ

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
  • 2
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 3
    TWICEがデビュー10周年 新作で再認識する揺るぎない「パイオニア精神」
  • 4
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 5
    米軍、B-1B爆撃機4機を日本に展開──中国・ロシア・北…
  • 6
    【クイズ】12名が死亡...世界で「最も死者数が多い」…
  • 7
    「認知のゆがみ」とは何なのか...あなたはどのタイプ…
  • 8
    本当は「不健康な朝食」だった...専門家が警告する「…
  • 9
    増える熟年離婚、「浮気や金銭トラブルが原因」では…
  • 10
    若者は「プーチンの死」を願う?...「白鳥よ踊れ」ロ…
  • 1
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号返上を表明」も消えない生々しすぎる「罪状」
  • 2
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多い県」はどこ?
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
  • 5
    まるで『トップガン』...わずか10mの至近戦、東シナ…
  • 6
    フィリピンで相次ぐ大地震...日本ではあまり報道され…
  • 7
    本当は「不健康な朝食」だった...専門家が警告する「…
  • 8
    日本で外国人から生まれた子どもが過去最多に──人口…
  • 9
    「心の知能指数(EQ)」とは何か...「EQが高い人」に…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 3
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレクトとは何か? 多い地域はどこか?
  • 4
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 5
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 6
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 7
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 8
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 9
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル…
  • 10
    iPhone 17は「すぐ傷つく」...世界中で相次ぐ苦情、A…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story