コラム

前提条件が変わりつつある北朝鮮外交、6カ国協議再開は可能か?

2013年05月21日(火)15時08分

 飯島勲内閣官房参与の単独訪朝に対してアメリカと韓国が「事前通告がなかった」という不満を表明したというニュースを聞いて、私がまず考えたのは日米関係の問題でした。というのは「あくまで拉致問題が核に優先する」という日本の方針が明確になるのはアメリカは歓迎しないし、日韓関係も日中関係も良くない中では「6カ国協議」の再開は更に難しくなるからです。

 そのような状況下で、仮に北朝鮮がアメリカへの挑発を強めてくれば最終的には北朝鮮は「アメリカとの単独交渉」という「ほぼ最終目的」を得る道筋が出てくる、北朝鮮側の姿勢にはそのような意図を見ることも可能です。仮にそうであるならば、アメリカはそうしたシナリオを嫌い、今回の飯島訪朝には否定的な姿勢を示すだろうという見立てをしていました。

 また、この問題以前に日米は既にギクシャクしていました。橋下発言や高市発言による「価値観のズレ」が重なる中で、北朝鮮をめぐる「足並みの乱れ」が顕在化すれば日米関係はますますおかしくなる、そんな危惧も感じていたのです。

 ですが、とりあえず飯島訪朝から、その流れで「安倍首相訪朝」まで突き進む可能性は現時点では非常に低くなったようです。というのは、日本側から「拉致被害者の帰還、真相解明、実行犯引渡し」の3条件に加えて、「特定失踪者の帰還」という「ずっとハードルの高い要求」が出たわけで、これは日本側から北朝鮮側へ「今回の交渉は打ち切り」というメッセージとして出されたと見ることができるからです。

 この「打ち切り」メッセージですが、北朝鮮サイドから「3条件」への「ノー」が出てしまっては、今後の単独交渉の可能性への「決定的なノー」になってしまうわけです。ですから先手を打って、日本側から北の「呑めない条件」を突きつけて「結果的に今回はダメ」としておけば、今後の単独交渉の可能性は残せるという計算があるのでしょう。

 また今回の飯島訪朝ですが、このような形で「尻切れトンボ」になったとしても、日本の国内的には政治的に加点ができていると見ることができます。というのは、「アメリカや韓国に遠慮せずに独自外交をやった」という印象と、「安倍総理はやはり拉致問題に真剣」だという印象を全国の保守票には与えることに成功したわけで、選挙を意識した極めて政治的な行動と見るべきでしょう。

 その一方で、今回の飯島訪朝を契機として、日本の対北朝鮮外交は、改めて重要な局面に来たことを痛感させられたのも事実です。というのは、現状というのは2002年および04年に当時の小泉首相が訪朝して拉致問題が大きな議論になって行った時点とは異なるからです。

 まず中国の姿勢の変化があります。胡錦濤政権までの中国には「北朝鮮は人民解放軍によって西側から防衛した」歴史的経緯から自分たちの「縄張りもしくは保護対象」という意識があり、また北朝鮮が韓国と統一することによって、アメリカの同盟国と直接国境で対峙する事態を避けたいという意識もありました。そのために、冷戦が終わって特にロシアからの援助がなくなった後も、北朝鮮に対して援助を続け、その結果として良好な関係を保っていたわけです。

 ですが、現在の中朝関係は冷却しています。援助は削減され、中国における銀行の北朝鮮口座は閉鎖、中国から北朝鮮への観光客も激減、更に先週から今週にかけては、中国漁船が北朝鮮に拿捕されて身代金を請求されているという報道もあります。中国としては、核問題をはじめとして「言うことを聞かない北朝鮮への不快感」に加えて、北朝鮮社会の混乱が鴨緑江を越えて来ることを避けたいという姿勢が見えます。

 もう1つは、日韓関係の変化です。大阪生まれを気にしたがゆえの李明博前大統領の竹島上陸という事件を受けて就任した朴槿恵大統領には、両国の関係改善が期待されたわけです。ですが、親日的な大統領の娘という評価に苦しむ中で、対日関係改善のカードが切りづらい立場に追い込まれています。そうした韓国側の「押す力」の反力として、日本側の対韓国イメージも悪化しており、2000年代までの同盟関係と比較した場合に日韓は極めて冷えた関係になっています。同様に日中関係も冷却しているということがあります。

 3番目は、アメリカの政権がブッシュからオバマに変わり、更に2期目のオバマはヘーゲル国防長官とケリー国務長官の新体制によって、より経費を抑えた中での「効率的な紛争抑止」を行おうとしています。ある種のキメ細かな軍事外交ですが、物量に任せて抑止力を利かすということからは遠くなっています。その一方で、核不拡散ということについては、オバマ流の「核軍縮哲学」との整合性ということもあって、非常に神経質です。

 以上を簡単に言えば、中国には北朝鮮を「突き放す」気配があること、日韓関係と日中関係に合意形成能力の低下が見られること、アメリカの立場は明確に核拡散防止である一方で抑止力に物量を投入する余力はないこと、といった変化が起きているわけです。

 そのような中で、万が一このまま中途半端な状況が長引くようですと、本当に北朝鮮は弾道ミサイルの精度向上と、小型核弾頭の実用化にまで行ってしまう危険があります。その一方で、中国が突き放せば食糧やエネルギーの問題で北朝鮮社会は不安定化します。

 だからといって、アメリカが屈服して「単独で援助交渉のテーブルに着く」ようですと、この地域におけるアメリカの威信は崩れる以上、それはできない相談です。一方で、中国が突き放して北朝鮮の政権が崩壊した場合に、韓国にはドイツ統一時の方式にならって吸収合併するにしても、北部の人口に巨額な援助を行う経済力はありません。なし崩し的な統一というのは、半島全域の混乱を招き、日本への影響も避けられないでしょう。

 そのような中で、事態の打開に必要なのは、北朝鮮に対して、日本、韓国、アメリカ、中国、ロシアが加わった6カ国協議によって非核化と、必要な食糧やエネルギーの援助、そして拉致問題を含む人権問題を協議するという枠組み、つまり6カ国協議を再開することだと思います。

 危機がそこにあり、周辺国の利害が絡まっている場合には、関係国が集まって会議を続けるというのは、それぞれの国の視点からすれば「会議のための会議」だとか「同床異夢」などと言われるのは歴史上よくあることです。ですが、歴史の示すところは、やはり冷静に関係国が集まって会議をすることが平和的な問題解決には必要だということです。

 6カ国協議を再開できるかどうか、そのために問われるのは日韓関係であり、日中関係であり、そして日米関係でもあります。つまり日本の外交が機能しているかということが問われるのだと思います。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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