コラム

オバマ再選の「ハリケーン・ファクター」を検証する

2012年11月12日(月)12時08分

 先週の火曜日、11月6日に行われたアメリカ大統領選挙では、延々と開票の検証が続いていたフロリダ州での勝敗も週末に確定しました。結果的には、事前の各社世論調査を覆してフロリダもオバマが取り、選挙人数では332対206で確定しました。少なくとも選挙人数では、前回の大勝に比べてインディアナとノースカロライナを落としただけで、残りの州は全て守った形となりました。

 一方での、純粋な全国得票数(ポピュラー・ボート)に関しては、今回2012年は6200万票(50.6%)対5800万票(47.9%、いずれも確定投票は未発表のため暫定値)ということで、その差は1.7%という僅差でした。オバマは辛うじて50%を越えたものの、前回の52.9%対45.7%という大差での勝利とは程遠い結果となっています。

 さて、この結果ですが、直前の様々な世論調査との比較で言えば、フロリダだけでなく全体的な傾向として「世論調査のトレンドと結果に乖離を生じた」ということは言えると思います。その原因は何なのでしょうか? 私には今回の「フロリダ逆転劇」を見て、やはりハリケーン「サンディ」の影響を指摘するしかないように思われます。

 私はこの選挙の直前の予想に際して、この欄などで「ハリケーンの影響は限定的」だということを何度か述べていました。何よりも自分のニュージャージーが直撃を受けたことで、一時期停電や自分の生活周りの奔走などで全国レベルの情報から距離が出てしまったこともありましたし、その一方で、アメリカは余りに広いことを考えて、「影響は軽微で、あるとすればペンシルベニアとバージニアぐらい」という判断をしていたのです。

 ですが、その直感は間違いだったようです。ハリケーン「サンディ」の上陸2日後の10月31日にオバマがニュージャージーにやって来て、共和党知事のクリス・クリスティとガッチリ握手をして「我々はここにいます。皆さんを助けます」と被災者に呼びかけながら政治的には異例なまでに紳士的にエールの交換をやった、そのメッセージは相当に票を動かしたと見ることができます。

 1つは、先ほど申し上げたバージニアとペンシルベニアの票の出方です。特にペンシルベニアについては、ニュージャージーに比べれば軽微であったものの、ハリケーンの「臨場感」は残った地域です。ここでは、農村部の保守票と、都市部の民主党組織票が拮抗し、それゆえに多くの調査ではロムニー猛追ということが言われていたのでした。ところがフタを開けて見れば、開票の早期からオバマがリードし、都市部の大票田の開票を待たずして早々とこの州での当確を決めています。

 やはり、東北部では100年に1度という天災を目の当たりにすることで、票は「政府の必要性」ということを痛感したのだと思います。今回のフロリダでの結果についても、全米で最もハリケーンの進路に当たることの多い土地柄ということで、「サンディ」の惨状を報じるニュースと、オバマの迅速で潔い行動が直前での投票行動への変化を促した、そう考えることができます。

 一方のロムニー陣営ですが、この「投票日直前のハリケーン被災」という事態において、2つの大きなミスを犯しています。その第1は、共和党予備選段階で「FEMA(連邦緊急事態庁)という組織を廃止する」という発言をしていたことを指摘された後のダメージ・コントロールに失敗したという点です。

 このFEMAというのは、ブッシュ政権当時の2005年に南部のニューオーリンズが巨大ハリケーン「カトリーナ」の直撃を受けた際に、避難民への救援に失敗して世論の厳しい批判を浴びた組織です。この問題は、ブッシュ政権の威信を失墜させるほどの大きなインパクトがあり、その後は組織の効率や有効性について様々な改革が行われています。

 ロムニーは、決して無責任に「FEMAは廃止すればいい」と言い放っていたのではなく、FEMAの機能を「洪水保険の自由化や普及」という面を中心に「民間が災害被災への補償を経済合理性のベースで行う」ことで、有効な「天災へのセーフティネット」を考えようということを言おうとしていたのです。ですが、この「サンディ」被災の時点ではそうした丁寧な議論を行うこともなく、「ロムニーはFEMA廃止論者」というイメージが拡散していくのを防止できませんでした。

 もう1つは、オバマがニュージャージーへ行った4日後、投票日の2日前に当たる11月4日にロムニーがペンシルベニア州バックス郡で行った「大集会」です。ロムニー陣営によれば3万人を越える動員で大変な盛り上がりだったそうで、初冬の夜空に建国記念日さながらの花火を打ち上げて「直前に迫った勝利を祝う」雰囲気に支持者は喜んだのだそうです。

 ところが、ここに大きな落とし穴がありました。ペンシルベニア州のバックス郡というのは、デラウェア川を挟んだニュージャージーの対岸です。ですから、上陸後のハリケーンはこの辺りには確かに被害をもたらしていました。ですが、ニュージャージー側とはその程度は比較にならなかったのです。

 では、橋一つ越えれば行けるニュージャージーにロムニーはどうして来なかったのでしょう? それはニュージャージーは世論調査ではオバマが圧倒的に強い「ブルーステート」なので、行ってもムダだと判断したのだと思われます。ですが、この行動がマイナスに働いた可能性は大きいと思います。「一歩手前まで行ったのに、被災地には行かなかった」とか「こともあろうに停電が続いて困っている人のすぐそばで盛大に花火を上げた」というのは、様々な形で無党派層の離反を招いた可能性があります。

 そんなわけで、今回の大統領選の最終段階における「ハリケーン・ファクター」は、少なくとも東部諸州、ペンシルベニア、バージニア、フロリダでは最終段階でオバマに有利に作用したように思われます。もしかすると両者の明暗を分ける決戦の「投票人数4」となったかもしれないニューハンプシャーをアッサリとオバマが取った背景にも、隣のバーモント州が昨年のハリケーン「アイリーン」で甚大な被害を受けた記憶が作用していると見ることができます。

 では、そのように「天災の恐怖を実感」して「万が一の際の政府への期待」を込めた投票行動へと変化した有権者には「大きな政府への依存」があるのでしょうか? この点に関しては、私は限定的だと思います。あくまで史上稀に見る巨大ハリケーンの被災という「具体的なイメージ」に対する「直感的な反応」が出ただけであり、政府債務の問題と財政規律の重要性という米国政治の重要なテーマをひっくり返すほどの「シフト」が起きたのではない、そう見るべきです。

 今週から米国政界は「財政の崖」回避へ向けて、大統領選に続く「政治の季節」第2章に突入しますが、「ハリケーン・ファクター」でオバマが当選したとして、世論が「過度に左寄り」になっているわけではない、少なくとも超党派的な合意による米国経済社会の「前進」を望んでいるということには変わりはない、私はそう見ています。

<お知らせ>
本日12日(月)から15日(木)までの4日間、TOKYO FM の番組「未来授業」(19:54〜20:00)にブログ著者の冷泉彰彦氏が出演し、米大統領選後の日本の進路についてお話しします。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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