コラム

タリバンの少女銃撃テロに民主党も共和党も黙っている理由

2012年10月19日(金)13時31分

 パキスタン北西部のパシュトン人居住エリアで10月9日、14歳の少女がタリバン兵に頭部や首を銃撃され重傷を負うという事件が発生しました。マララ・ユスフザイさんというこの少女は、無差別の銃撃事件に巻き込まれたのではありません。自分のブログでタリバンを批判して有名になったために狙われたわけで、要するにタリバンは14歳の少女を暗殺しようとしたのです。

 マララさんに関しては、その後、「女性であるのに教育を受けたいと願った」ために殺害されそうになったという報道が米英を中心に流れましたが、これに対してタリバンは「我々は、女性が教育を受けることを希望しただけでは殺さない。この女性は西側の価値観に汚染されており、オバマ大統領が理想のリーダーなどと主張していた」と批判、「これは利敵行為、裏切り行為に当たり、シャリア(イスラム法)に従って、死が与えられるのは当然である」などという血まみれのコメントを発表しています。

 このニュースは発生直後のアメリカでは大きく取り上げられました。ホワイトハウスからもカーニー報道官が怒りの声明を出しています。

 一方で、ちょうど現在は大統領選挙の「クライマックス」に差し掛かっており、16日の火曜日には「オバマ対ロムニー」の第2回TV討論がありましたが、この問題は全く取り上げられていません。

 では、どうしてオバマもロムニーも黙っているのでしょうか?

 1つには、ここ数年の間、米英やNATOとタリバンとの間での「和平」が水面下で模索され続けているということがあります。この少女銃撃事件ですが、組織的統制の得意なタリバンとしては「和平には応じない」というメッセージを送って米英を挑発するのが目的という可能性がありますが、「そうした挑発には乗りたくない」ということがあるように思われます。

 その背景にあるのは、アフガンに関する厭戦ムードです。今回の大統領選の討論でも、共和党のライアン副大統領候補が「敗北しつつあるのに2014年という撤兵時期に固執するのは敗北主義」だという批判をしました。ですが、討論相手のバイデン副大統領は「米軍の前線の判断に基いて、NATOとも、そしてアフガン政府とも公式に決定した撤兵時期は変更しない」と突っぱねると、ライアン候補は特に反論しませんでした。

 この討論では、バイデン副大統領が「ブッシュ政権はアフガンとイラクという2つの戦争で、クレジットカード払いのようにカネを使い続けた」という批判をしていますが、これに対しては共和党側から討論後に非難が集中しています。ですが、共和党は「反テロの重要な戦争だった」という立場ではなく「バイデン副大統領は上院議員として、その2つの戦争には賛成票を入れているではないか」という非難をしているのです。

 大統領候補のロムニーに至っては、16日の討論で「ブッシュ政権との違いはあるのか?」という質問に対して、「戦争を続けて財政赤字を積み上げたブッシュと自分とは違う」とタンカを切って見せています。

 例えばこの少女銃撃事件を取り上げて「タリバンは残虐だから、ズルズル負けてはいけない」とか、それに加えて「アフガン政府軍は訓練をしても、米兵を射殺したり決してアメリカの味方にならない」という問題を取り上げて、「だから米軍の駐留を継続して睨みを効かせなくてはならない」という批判をするということは、「オバマへの攻撃」としては有効なはずなのですが、共和党はそうした追及はしないのです。

 この問題に関連した話題としては、「支援しても支援してもタリバンが浸透して反米感情が蔓延する」のであれば、カネのムダだから「パキスタンへの資金援助は止めよう」というのが共和党の主張だったりするのです。「ブッシュの戦争」として2001年10月にアフガンに攻め込んだ時点の共和党とは、現在の共和党は全く変質していると言っていいでしょう。

 アフガンに関しては、とにかく「カネの流出」と「米兵の犠牲」を最小限にすべく、早期撤退をという「厭戦気分」がアメリカでは濃厚です。民主党のオバマのほうが、まだ軍の最高指揮官としての当事者意識がありますから、整然と計画的にというスタンスですが、野党の共和党の方は時折言葉の上だけは好戦的な「保守レトリック」を使うことはあっても、こちらはオバマ以上に厭戦的です。

 結局、共和党を中心とするアメリカの保守派は、2001年の段階では「テロへの報復衝動」があり、その口実としては「強いアメリカを見せねば本土が再び攻撃される」という不安感や警戒感があったわけです。ですが、それは純粋に一国主義的な利己的なものでした。そして今、戦況が好転しないままカネと人命の喪失に耐えられなくなったアメリカは、勝手にこの地への関与から逃げようとしているわけです。

 共和党はそんなわけで無責任ですが、民主党のオバマにしても「イラク戦争は悪いが、アフガン戦争は反アルカイダの正しい戦争」だという言い方を続け、最初はブッシュ政権批判のレトリックだった「だけ」のこの主張に、自分で自分の首を締めるように束縛されて行ったわけです。最後にはビンラディンを殺害するところまで血まみれになり、そのくせ全体状況に関しては好転しないまま「整然とした撤退」を考えているということでは、同じように無責任と言われても仕方がありません。

 米英の世論には、「マララさんの回復を真剣に願う」祈りのようなものを感じますが、その深層にはアフガン問題に関する「失われた12年」への苦い反省もあるように思われます。ですが、仮に反省の気持ちがあったとして、それは政治力学としては「敗走を認める」方向になってゆくことでは、政治家と変わらないわけです。

 では、米英をはじめとするNATOや国連がこの地域に関与を止めれば、自然にタリバンの凶暴性は沈静化して、このアフガン=パキスタン国境地帯は平穏になるのでしょうか? そう簡単には行きそうもないところに、この地域の難しさがあるように思います。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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