コラム

「外交という名の内政」とどう付き合うか?

2012年09月26日(水)10時38分

 国連総会が開かれています。25日の火曜日には、オバマ大統領が総会での演説を行いました。演説の中で、オバマはイランやシリアに対して例年以上の強い言葉を使って非難をしています。例えばイランに対しては、核問題について当面は外交努力は続けるが「時間は無制限にあるとは思うな」であるとか、「核武装の企図は封じ込める」などと脅しをかけているのです。

 その一方で「我々の努力でアルカイダは弱体化した。オサマ・ビンラディンももういない」などと自分の「テロ対策」への「功績」を述べたり、イラクからの撤兵が完了したことを誇ったりもしていました。

 まるでこの演説でのオバマは、国連総会で「国際社会に向けて」話しているのではなく、アメリカ国内でアメリカの有権者向けに選挙運動をしている、つまり投票日まで約40日となった大統領選の一環として喋っているかのようでした。

 その証拠に、対立候補のロムニーは「オバマの国連演説」に対抗するかのように、「オバマの外交は軟弱であり、結果的にアメリカの国益は損なわれた」というスピーチを行なっています。また、前日にオバマが「リビアやエジプトでの事件のような『バンプ(道路のでこぼこ)』はあるが、長期的にはアラブ圏は民主化してゆくことで正常化していくだろう」というコメントをしたのを受けてロムニーは「大使が暗殺されたのを『バンプ』とは何事だ」と非難しています。

 そうなのです。オバマの「国連総会演説」というのは、ほとんど外交ではないのです。国内向けの内政であり、この場合は正に選挙運動に他ならないのです。アメリカで、アメリカのニュースメディアを見ていれば、そしてロムニーのリアクションも一緒に考えればそれは明白です。

 ところが、ここに1つ問題があります。国外からはそうは見えないということなのです。例えば、日本での報道にしても「オバマ、イランに対して強硬姿勢」というような見出しで報じられると、「アメリカは今度はイランに攻めこむのか・・・」とか「オバマも相当に右傾化した」というイメージが出てくるのだと思います。

 勿論、私のような「アメリカの事情通」的な人物が「そこにはは選挙戦の文脈がある」というような「解説」をすることもあるわけです。ですが、それでも、日本から見ていれば「合衆国大統領が国連総会で演説した」ということは「恐らくは国の基本姿勢として国際社会に向けて宣言しているのに違いない」という受け止め方については、程度問題であるしても、どうしても出てきてしまうのだと思います。

 まして、「敵視」の対象となっているイランの場合はどうでしょう? 「オバマが威勢のいいことを言っているがどうせ選挙目当てのパフォーマンス」だということにはならないと思います。「憎いイスラエルの背後にいるアメリカ」が「あそこまで」言うのなら「なめられてたまるか」というのが主なリアクションになるのでしょう。

 イランといえば毎年アハマディネジャド大統領は、この「国連総会」の場で暴言を吐くのが「お決まり」になっています。そもそも「ホロコーストはなかった」とか「イスラエルの存在を認めない」などと言って物議を醸したのも、この場でした。ですが、オバマと比較して考えれば、あれも「内政」だったのです。国内向けに求心力を高めるためのパフォーマンスに過ぎない、そうした見方も可能なはずです。

 そのアハマディネジャド大統領は、今年は更に言葉をエスカレートさせてイスラエルを罵っていましたが、これも「国内の期待を上回るようなパフォーマンス」をしないと、保守的な聖職者集団と、改革を望む若年層世論の間を、のらくらと遊泳できなくなるからだ、そう見ることができます。

 そう言えば、今回の中国における反日暴動にしても、暴動を起こすとか、暴動を容認するといった政治的な判断は、そのほとんどが「内政」つまり国内での権力の争いか、国内における社会的不満のはけ口であったとも言えるでしょう。最後の方では「毛沢東の肖像画」を掲げたデモまで登場していましたが、あれも「建国の父を登場させたいほど日本に対して怒っている」のではなく、「毛主席の写真を掲げれば反社会的な行動とは見なされないだろう」という国内向けの計算であったと考えられます。

 いずれにしても、現代の国際社会における外交というのは、特に公表されるオープンな部分は「国内向け」であり、重要な国益の「せめぎ合い」の部分は秘密裏のコミュニケーションで決まるという、閉塞状態にあるように思います。

 では、この閉塞状態をどう打開して行けば良いのでしょうか? 1つには「密室外交」の部分を様々な手法、つまりジャーナリストの粘り強い取材から「ウィキリークス」のような善意の密告を促進するシステムなどで、崩していくということがあると思います。

 その一方で、国内向けに求心力を獲得したい「だけ」のためのパフォーマンスが、国内の排外的情念を加速して、結果的に国際関係やグローバル経済を傷つけてしまう問題については、どうしたら良いのでしょうか? この問題に関しては、各国が「一枚岩」ではなく、それぞれに内部に「分裂と利害の対立」という「多様性」を抱えた存在という理解を進めること、そのためには、報道でも、民間外交でもそのように相手を「多様性」として見て付き合っていくということが大切だと思います。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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