コラム

維新の会の「船中八策」を政策論として評価すると?

2012年02月20日(月)11時38分

 大阪維新の会が国政参加を目指すための政策案「船中八策」が発表されました。例えば、アメリカの大統領選では、政権奪取を狙う場合は理念から入って行くのは普通です。その上で、実際に政権を担当した場合に、どのように現実と折り合いをつけてゆくのか、また理念を貫いていくのか色々なパターンがあるわけです。そうした観点から、この「八策」についても、まず「入り口としての理念」として、どう評価できるかを検討してみようと思います。

 まず評価できる点は、政策の組み合わせが新鮮だという点です。これまでの日本の政策論争では冷戦型つまり、いわゆる「保革対立」の時代から続く対立軸の束縛が続いていました。例えば「格差是正」を選ぶと自動的に「反米」と「自由競争の否定=既得権維持」がくっついてくるとか、一方で「安保の現実的なパワーバランス」を選ぶと「外国人参政権反対」が自動的について来るなど、不自然な組み合わせであるにも関わらず強い束縛があったのです。

 その意味で、今回の維新の会の方向性では「競争社会を前提にし既得権益にメスを入れ」ながらも、「格差是正」策も入っているわけです。この「グローバリズムの中で成長を目指しつつ、格差を是正する」という方向性に関しては、考えてみれば小泉政権時代に、束の間の好況があった時期にも「グローバルな社会で戦える部分が思い切り稼ぎ、その富をベーシックインカムなどで分配する」というような主張がありました。

 ですが、今回の改革の方向性にあるのは、富裕層の目線による「自分たちの罪悪感を軽減するための格差是正」ではなく、貧困層の目線に重ねあわせての「自分たちも機会を与えられ、グローバルな社会で成功したいし、そのためにはまず生存権を」という立場からの発想のように思います。もっと言えば、庶民の活力を再度引き出すことでグローバルな競争力の再建をということを言っているわけです。これは改革における「大義」として立派であるし、政策としての正しさもあるように思うのです。

 もう一つ評価できるのは、改革の実現のための「国家観というインフラ」に関しては、TPPでの議論に参加し日米同盟を肯定するという現実的なチョイスをしている点です。維新の会があくまでも「右派的なポピュリズム」をバネにし続けるのであれば、自主防衛論であるとか核武装論をスローガンにするかもしれないし、あくまで大阪をはじめとして西日本が「食ってゆく」ためには中国との政治的な連携を強化するというチョイスもあるかもしれません。

 しかし自主防衛論も日中同盟論も極論です。そうした観点を排したこと、つまり経済の再生のためには、インフラとしての外交・安全保障面でギャンブルをしている余裕はないという判断は、これも正当であると思います。

 評価できるポイントの三点目は、世代間格差の問題に踏み込んでいる点です。年金の「富裕層は掛け捨て」という言い方、または積立式年金への移行、そして場合によっては資産課税も考慮するというのは、現役世代への富の移転、現役世代の負荷軽減のためのストレートな方策であり、評価できます。現役世代の活力がなければ社会の活性化と成長はないからです。

 一方で、疑問の残る部分もあります。まず一点目は、現役世代の利害を強く打ち出していると言っても、学齢期の子供を持つ世代に限定されているわけです。つまり少子化への対策が十分でないという点です。教育問題を取り上げることから、改革者イメージを作ってきたという経緯ということもあるのかもしれませんが、緊急の課題であることは間違いないわけで、この点の具体化が望まれます。

 二点目の疑問は、現時点では大都市中心の政策になっているということです。地方分権で中央から徴税権などを地方に移管するのもいいとして、例えば北海道・東北とか山陰のように経済的に脆弱で、現役世代の労働力も減少の一方である地方に対してはどういったメッセージを出してゆくのかは全く見えません。バラマキは止めるとか、限界集落を「いきいき集落」と呼び変えるような欺瞞は止めるなど、要するに苦しい地域には自立を促すという辛口のメッセージを出すのか、それとも都市と地方の格差に関しても再分配が活性化につながるマジックを考えだそうとしているのか、現時点では見えないのです。

 東日本大震災からの復興の次のステップや防災体制のあり方なども、昨年の悲劇をどう教訓にするのかというのも、都市の防災と過疎地の防災ではメッセージは変わってくると思うのです。とにかく過疎と高齢化に苦しむ地方にどういったメッセージを送るのか、現時点では「みんなの党」や「公明」など都市型政党との連携を強めている中で、この点は大きなクエスチョンになります。改革は都市中心で、地方は既成政党と共に沈没してもいいというのではダメです。

 疑問の三点目は、経済成長の戦略です。官の非効率を改めて、民間の経済合理性を入れていけば活性化ができるというのは、官の側の問題点にフォーカスすれば出てくる話です。ですが、国家レベルで成長トレンドへ復帰するためには人材育成政策などの中長期的な「漢方薬」だけではなく「待ったなし」の産業振興政策が必要とされます。

 民間の活性化をどう政治が後押しするのか、農林水産業しかり、エネルギー政策しかり、エレクトロニクス産業の再生と重電分野の輸出を促進するのかという点、更には自動車産業とエコカーの将来など論点は沢山あります。こうした点で、TPP議論への参加や日米同盟の維持など「大きなインフラの部分でギャンブルをしない」のはいいとしても、肝心の中身が見えないのは大いに不満です。例えば、TPPにしても、軽自動車規制を止めろというアメリカの圧力に対して、どうするのかというのは、交渉術や政治の問題と共に、日本の産業政策としてのビジョンがなければ戦えない話です。

 教育論から入って組合などとの「劇場型のタイトルマッチ」に執心していたことも含め、また地方から国政へ、また新党ブームの中での合従連衡など、維新の会については様々な動きが報道されています。この政治的な「方法論」についても検討する必要があると思いますが、それはまた別の機会にしたいと思います。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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