コラム

オリンパス事件と「国境」

2011年12月07日(水)12時13分

 ウッドフォード元社長には「期待できない」と言われていた第三者委員会ですが、とりあえず過去3代の社長の関与を指摘し、刑事告発もするというのですから、とりあえず動き出したとは言えると思います。

 では、今後の展開についてはどのような観点で見てゆけばいいのでしょうか? 1つは、今回の事件においてどの程度「国境」を意識するかという観点です。それは、日本式経営を守れ、というような「国境の中に閉じこもれ」という意味ではありません。そうではなくて、このグローバル企業であるオリンパスが、国際的な信頼を取り戻すこと、そのために日本の国境を越えたグローバルな基準で「真相解明」と「企業統治の再建」が必要ということです。

では、現在ウッドフォード前取締役が海外のファンドなどと組んで行っている「株主総会勧誘状」を使った挑戦状、これに米英当局や米英のメディアが乗っかったグループに正義があるのでしょうか? 一見すると正しく見える彼等ですが、そこには「日本の経営は閉鎖的」という差別的なイメージキャンペーンという性格があるように思います。株数では日本の企業株主の持分が多いために過半数は難しいにも関わらず一種の「アンチ日本」的なショーとしてやっているようなところがあるからです。ということは、彼等の発想にも「国境」を都合よく使っているところがあるわけです。

 では、どのように進めてゆけば良いのでしょうか?

 まず、日本の当局、そして、大株主などの利害関係者が海外勢以上に声を上げ、迅速に動くことです。例えば、オリンパスの社員株主などは、自分の持ち株の価値が十分の一になったと、ウッドフォード氏の内部告発を恨んでいるというような報道がありますが、これはおかしな話です。違法行為の結果として損失を被ったのですから、その従業員の持ち株組合は3代の経営者など事件の元凶そのものを告発するべきなのです。

一部の報道では、日本の捜査当局が米英の当局と連携する動きを見せているそうですが、大変に結構なことだと思います。日本の当局が国境の内側に閉じこもるのではなく、遠慮なく国境の外にも情報を求めて出てゆくというのは、回り回って日本の司法の信頼性を高めることになるからです。

 その場合に障害となるのが、時効の問題です。日本の民法や商法の時効期間は短いのです。そこで「発生した巨額の欠損は現在形で残っている」のに、「欠損を発生させ」たり「悪質な隠匿工作を開始した」行為そのものは時効になっていて「灰色」のままということが起きます。私はバブル崩壊時の乱脈融資について、時効を待ってから処理を開始した国家的なモラルハザードのことを、今でも悔しく思うのですが、今回の事件こそ時効の大幅延長の議論の契機にして欲しいと思うのです。

いずれにしても、日本の当局と利害関係者が国境に閉じこもることなく迅速に、そして思い切った真相解明に動くことが、国としての信頼回復、そしてオリンパスとしての再生のためには近道であると思います。

 少し古い話ですがウッドフォード氏がまだオリンパスの取締役であった時期に本社の役員会に参加するためにやって来た事がありました。メディアは、一斉に「ウッドフォード氏来日」と報じましたが、当時のウッドフォード氏は、日本のオリンパスの役員であり、たまたま英国人であっただけです、「来日」などというガイジン扱いではなく「東京に現れた」という表現で良かったのではと思います。いずれにしても、この複雑な事件、ご都合主義的に国境を持ち出した方が負けるのではないでしょうか。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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