コラム

アメリカにもある「オレ流」と「タニマチ」の不幸な関係

2011年10月26日(水)11時10分

 私は中日ファンではありませんが、「優勝してしまうとクビにできないから」とペナント争いの一番重要な時期に「契約更新はしない」という「解任」が決定されるというのは何とも奇妙な話です。何といっても、プロ・スポーツというのは「勝利」が至上であっていいわけで、「勝ちすぎてつまらない」とか「勝ち方がつまらない」というのが理由で監督がクビになっていては、それこそ野球もそのうちに大相撲のように儀式性や格式が優先する訳の分からない世界になってしまう危険も感じます。

 それ以前の話として、別にメンツがどうとか、美学がどうというつもりはありませんが、その「逆境」をバネに落合監督が「勝って有終の美を」という幕切れへ持って行ってしまうと、高木次期監督としては非常にやりにくいことにもなるでしょう。

 ただ、フロントとしてはそこまで考えての決定なのかもしれません。コーチ陣も総入れ替えだということですし、こうなると選手の士気も低下し、数年は球団の成績も低迷するかもしれませんが、それも覚悟の上のことという見方もできます。

 この件については、他にも色々な報道がされているのですが、その中で「いかにも」ありそうな話だったのが、落合監督が各地の球団後援会に対して「自分は野球をするのが仕事」という理由からほとんど出席しない、そのために「法人向けのボックス席」が売れなくて困るという話です。

 この報道も真偽のレベルは分かりませんが、このように「オレ流」と「タニマチ」が上手くいかないというのは、アメリカでも聞く話です。といっても、野球ではありません。オーケストラの話です。

 以前にもこの欄でお話しましたが、アメリカのオーケストラの音楽監督というのは単にいい音楽を演奏すれば許されるわけではありません。それぞれの土地に根ざした存在であるオーケストラは、その街の社交界なり財界とつながっているのですが、そうした「タニマチ」筋が集まるパーティーなどには必ず顔を出し、時には「客寄せパンダ」の役割もしながらオーケストラの運営資金の寄付を募る、そうした「営業」面での貢献というのも期待されているのです。

 私の近所では、例えばフィラデルフィア管弦楽団というのは、アメリカのトップ5に入ると言われ世界的にも有名ですが、ここの音楽監督も「タニマチ筋への営業」が期待され、又そのために色々とギクシャクした人間模様があるようです。最近の例では、2期10年の長期政権を期待されたクリストフ・エッシェンバッハが2008年に突然辞任しているのですが、その背景には楽団員やローカル新聞との確執だけでなく、この「営業活動」を嫌ってのことだという噂もあります。

 マエストロ・エッシェンバッハはドイツ人であり、若い時にはソロ・ピアニストとして人気を博していました。ちなみに、先々週にウィーンフィルを率いて来日の際には、ピアニストのランランとピアノの連弾(アンコールでのドビュッシー)をしたのが素晴らしかったそうです。その「芸術家エッシェンバッハ」が、フィラデルフィアの社交界の席に登場して「オーケストラへの寄付をよろしく」などと口達者に「営業」をして回る姿は確かに想像するのが難しく、楽団の経営陣との間では何らかの摩擦はあったのではと思われます。

 エッシェンバッハの電撃辞任を受けて楽団が何とか契約に漕ぎ着けたのは、日本でもN響などでおなじみのシャルル・デュトワでした。ですが、このデュトワの場合は、契約の条件として「営業活動はしない」ということをキッパリ入れてきたのです。また年限も短くしてあくまで暫定という構えでした。そこでデュトワの肩書きは「音楽監督」ではなく、首席指揮者兼芸術顧問という変則的なものとなったのです。

 そのデュトワは2012年の5月にラベルの「ダフニスとクロエ全曲」の演奏を最後に退任することが決まっているのですが、その後任には既にカナダ人のヤニック・ネゼ=セガンが決まっています。このネゼ=セガンの場合は正真正銘の音楽監督に就任することが確定しており、就任の直前となる今年のシーズンには4つのプログラムを振ることになっているのですが「監督」だけあって、既に営業活動にも駆り出されています。

 フィラデルフィアと言えば、野球のフィリーズがここのところ常勝球団として人気があるのですが、ネゼ=セガンはそのフィリーズのユニフォームを着て、オーケストラの宣伝を行うなど、既にすっかりこの街の「名士」になり、営業態勢には抜かりはありません。実は、このオーケストラ自体は、今年の春に「破産法11条適用」を申請して経営破綻しているのですが、若いネゼ=セギンの下で、新たな出発をということになるわけで、正に彼こそが「営業」の星というわけです。

 それにしても、落合監督といい、エッシェンバッハ氏やデュトワ氏といい、どうして「プロ中のプロ」は「タニマチ筋」との相性が良くないのでしょう。それは「天才肌」の人間はどうしても「オレ流」になり、営業やカネ集めの活動を好まないということだけではないように思います。

 1つには、「タニマチ」の側が昔のような「目や耳の肥えたパトロン」ではなく、単に有名な指揮者や野球チームの監督と握手をしたい、一緒に写真に写りたいという「タダの人」化しているのかもしれないという点があります。その結果として、音楽や野球の質よりも「カントクが自分たちの方を向いてくれるのか?」ということばかりを気にすることになっているのかもしれません。

 それ以前に、野球もオーケストラも、興行収入と放映権料や録音録画などの収入では食べていけない時代という問題があると思います。どうしても寄付金集めが必要となり、そのために「タニマチ」筋へのアプローチがこれまで以上に求められる時代なのです。そこで行われる「資金集め」の活動は、スペシャリストとして「道を極めた」人間にはとても耐えられないようなレベルになっているのかもしれません。

 仮にそうだとしたら、長引く不況の中で、コンテンツ型産業を守ってゆくには、やはり優良なコンテンツを創造する人材を業界全体が守って行き、コンテンツのクオリティを維持してゆくことが最低限必要のように思います。ネゼ=セギンの場合は音楽も立派なので余り心配はありませんが、中身よりも営業活動で「延命」するような「カントク」の姿は、どの世界でも余り見たくないものです。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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