コラム

「フリーズ」状態のエネルギー政策、濃厚な空気を打開する道筋はあるのか?

2011年05月23日(月)12時27分

 それにしても日本における原発懐疑の空気は濃厚で、定期点検中の炉の再稼働をスムーズに認められる県はどこにもなくなる中、現在稼働中の炉も続々定期点検に入るという流れが続きそうです。事故直後の早い時期から一部の原発懐疑派から「脱原発は意外に早く可能」だという発言がありましたが、こうなると本当に2012年の前半には日本の原発は全炉が停止状態になってしまいます。

 いくら何でもそんな事態は行き過ぎだと思うのですが、今のところ政府には「福島の事故を受けた安全基準」を責任をもって示す動きはありません。それどころか、政府から発信されるメッセージのほとんどが、福島第一の問題だけでなく、日本全国での「脱原発」の動きを加速するようなものに結果的にはなっているように見えます。

 例えば、先週には経産省サイドから「原発輸出政策の見直し」という方針が出されたかと思うと、海江田経産相は「ベトナムと韓国を対象とした原子力協定について国会承認を見送る」方針を発表しています。「事故を起こして申し訳ないので、危ない日本の技術を供与するのは日本として遠慮したい。ついては政府間で署名している合意だが国会承認をストップする」というわけで、これも「脱原発」の潮流に沿うためなら相手のあることでも仕方がないという感じです。

 こうした流れを受けるかのように、アメリカの原子力委員会は東芝の最新型炉「AP1000型」の承認を見送る動きを示しています。同委のヤツコ委員長の20日の声明によれば「建屋と格納容器の強度についての情報不足」が理由だそうです。このAP1000というのは、巨大な冷却水タンクを上部に備え、大型の格納容器を上からの注水で冷却するとともに、水と蒸気の循環による冷却を行いつつ圧力容器も自動的に冠水措置が取れるという「全電源喪失時を考慮した自動冷温停止」を実現している最新モデルです。この「第3・5世代機」まで下手をすると闇に葬られる危険があるわけで、これではトクをするのは事故機を製造したGEの方という妙な話になってしまいます。

 では、こうした状況に対して「エネルギー政策の全体像を考え直さないと産業の競争力が傷ついてしまう」という批判をする勢力があるかというと、政界には表立った動きは見えてきません。長年にわたって国是としての原発推進を進めてきた自民党はと言えば、コロッと立場を変えて脱原発を口にする一方で、事故への対策が「失敗」だとして現政権を批判するばかりです。

 産業界はどうかというと、こちらも「脱原発」の世論を恐れてダンマリを決め込んでいるという感じです。まるで「エネルギーの責任供給体制」をなどと口にしようものなら、自社と自社系列の商品が不買運動にあったり、会社に非難のメールが殺到するとでも思っている、そんな気配すら感じます。

 先週東京の街を歩いていて思ったのですが、多くの会社や商店では「世間様」の目につくところでは徹底した節電をしている一方で、店やオフィスの中に入っていくとそれほど真っ暗でもないわけです。そんなコントラストを見ていると、この空気の濃厚さをイヤというほど感じるのです。

 濃厚な空気を作っているのは誰なのでしょう?

 私は世論の側だけではないと思います。政財界や官庁の側にも、「感情に流された世論」は「巨大な暴力」だからサザエのように「身をひそめているしかない」という過度の思い込みがあり、その背後には「どうせ世論のリテラシーは低い」という投げやりな差別意識が見え隠れしているのではないかと思うのです。

 では、どうしたら事態をバランスさせることができるのでしょうか?

 1つには世論に対する聞き方を工夫することです。

 世論が濃厚な空気を発生する時には、巨大な同調圧力にしか見えないかもしれません。ですが、その奥には何層構造にもなった複雑なものを抱えているのも事実だと思います。賛否の影に様々な留保や濃淡を抱えている世論、世代や地域によって驚くほどの差異を持ち合わせた世論、そうした複雑さを理解しないまま、世論に拝跪しつつ内心では蔑視をしているのであれば、そうした経済界や官界の姿勢は「土下座文化」と何ら変わりません。

 そのように官界や財界が「超防衛モード」に入っているのであれば、中長期的なエネルギー政策など冷静に議論できるはずもないのです。世論が感情的だからだけではなく、官界や財界が「過度に恐れて」いることも理由の一端です。

 キッカケをつかむためには、とにかく世論調査の方法を変えることです。

 NHKが浜岡停止の直後に行った調査のように、「浜岡の停止に賛成か反対か」とか「原発は拡大、維持、縮小、廃止のどれか」などという単純な調査で、中長期の日本経済の盛衰が判断されてはたまったものではありません。第一、聞かれた方も聞かれたままに答えただけで、そんな責任を押し付けられても迷惑でしょう。

 例えば浜岡ですが、再稼働についても聞くべきです。「(1)津波防護壁が完成したら再稼働しても構わない、(2)防護壁に加えて全電源喪失の対策が講じられれば再稼動しても構わない、(3)全国的な新安全基準を政府が決定し、その基準を満たせば良い(4)再稼働は一切行わず浜岡全機は廃炉」少なくとも、こうした4つの選択肢を示せば、その差異、現地と遠隔地の違い、恩恵を受ける中京圏の反応、福島の反応、東京の反応などから立体的な世論が浮かび上がって来るのではないかと思うのです。

 原発政策もそうです。「(1)国際的な競争力も国民の生活水準も低下して構わないので原発依存からの脱却を加速すべき、(2)脱原発を前提とするが、産業の競争力と国民の生活水準を維持しながら順次エネルギーの多様化を実現すべき、(3)まずこの夏の電力需要に不安のないように発電量を設定して、そこから許される原発の稼働数を逆算すべき、(4)浜岡以外の津波の危険が低い原発は従来の基準で再稼働すべき」このような選択肢で調査をすれば、世論の複雑さや濃淡は明らかになるでしょう。

 少なくとも縮小と廃止が圧倒多数という結果を「世論調査結果」として権威付けてしまい、世論と政策をフリーズしたコンピュータのような状態に追い込む、民意を尋ねるというのはそんなに単純で無責任なものではないように思います。

 節電自粛という重苦しい空気の奥で、世論は苦しみ悶えているのです。

 このまま日本が衰退していって良いとは誰も思っていない中で、エネルギー政策の中で原発依存率をゼロではないが20%でもない「その間のどこか」に着地できれば、世論にはそうした思いもあるはずです。その控え目だが、複雑な民意の構造をしっかり尋ねることで「フリーズ」状態を抜けることを考える時期に来ているのだと思います。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

イランとイスラエル、再び互いを攻撃 米との対話不透

ワールド

米が防衛費3.5%要求、日本は2プラス2会合見送り

ビジネス

トヨタが米国で値上げ、7月から平均3万円超 関税の

ワールド

トランプ大統領、ハーバード大との和解示唆 来週中に
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:コメ高騰の真犯人
特集:コメ高騰の真犯人
2025年6月24日号(6/17発売)

なぜ米価は突然上がり、これからどうなるのか? コメ高騰の原因と「犯人」を探る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の「緊迫映像」
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    イランとイスラエルの戦争、米国より中国の「ダメー…
  • 6
    【クイズ】次のうち、中国の資金援助を受けていない…
  • 7
    ジョージ王子が「王室流エチケット」を伝授する姿が…
  • 8
    イギリスを悩ます「安楽死」法の重さ
  • 9
    「巨大キノコ雲」が空を覆う瞬間...レウォトビ火山の…
  • 10
    中国人ジャーナリストが日本のホームレスを3年間取材…
  • 1
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 2
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 3
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の「緊迫映像」
  • 4
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 5
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 6
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
  • 7
    イタリアにある欧州最大の活火山が10年ぶりの大噴火.…
  • 8
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?.…
  • 9
    「アメリカにディズニー旅行」は夢のまた夢?...ディ…
  • 10
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊の瞬間を捉えた「恐怖の映像」に広がる波紋
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 5
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 6
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 7
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 8
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 9
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の…
  • 10
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story