コラム

「超党派合意」は議会制民主主義でも可能か?

2011年01月28日(金)13時03分

 やや旧聞に属しますが、25日の火曜日に行われた、アメリカ上下両院合同会議におけるオバマ大統領の「一般教書演説」はなかなかの見物(みもの)でした。通常は演壇から見て左手に共和党、右手に民主党が着席するなど与野党が左右に分かれるのですが、今回は申し合わせで「与野党が一人一人隣り合わせて」座るという趣向が取られました。要するに、大統領の演説の内容にいちいち反応して拍手したり立ったりする際に、党派的な対立が際立っては「見苦しい」ということだと思います。

 ただ、TVの画面では、例えばジョン・ケリー議員(民主)とジョン・マケイン議員(共和)が仲良く隣同士で、議場の真ん中に座っているなど、なかなか興味深い「画(え)」になってはいました。ちなみにこの2人は同じように赤(共和党のカラー)のネクタイに、淡いブルー(民主党のカラー)のシャツで登場、しかもネクタイもシャツも微妙な柄物で「完全に衣装を合わせた」という印象は与えないようにしていました。

 もっと手の込んでいたのは大統領と下院議長でした。まず大統領は、野党共和党の新任下院議長であるジョン・ベイナー氏を思いっきり持ち上げていましたし、2人は示し合わせて紫の、つまり民主党のカラーと共和党のカラーを足して2で割った色のネクタイをしていたのです。紫ではありながら、オバマ大統領は青みが強い、つまり民主党色、ベイナー下院議長は赤みの強い色ということで、それぞれの出身政党のカラーを残しながら姿勢としては「超党派で行こう」というわけです。

 演説の内容も、例えば「医療過誤訴訟の保険料高騰による医療費圧迫を抑制しよう」などという部分は、完全に共和党の主張であり、患者の権利の最大化を主張してきた民主党の政策には真っ向から対立するものでした。また共和党主導の下院が既に「廃止を議決」している医療保険改革についても、ホンネとしては勿論廃止をする気は全くないものの「共和党の建設的な改訂案は是非採用したり」などと歩み寄りの姿勢を示していたと思います。

 また演説の後半部分は、ほとんどが財政再建問題に充てられており、巨額の財政赤字を克服して中長期的な国力低下を防止するという主張は、個別の論点は別ではあるものの、基本的には共和党の主張が反映したものと言えるでしょう。ちなみに、2週間前に発生したアリゾナでの下院議員銃撃と乱射事件に関しては、犠牲者の遺族や関係者を議場に招待したり、頭部貫通創を受けてテキサス州で治療中のギフォーズ議員の夫が議員の手を握りながら演説を見ている写真が公開されたりという「演出」はあったものの、オバマの演説での事件への言及はアッサリとしたもので「悲劇を政治利用している」という批判を寄せ付けない姿勢が見て取れました。

 そうはいっても、両院議長以下、議場を埋め尽くした議員たちは胸に「白と黒のリボン」をつけている姿はたいへんに目立ちました。日本ですと「白黒」というのは死者を弔うというイメージですが、このリボンは生存へのバトルを続けているギフォーズ議員への連帯の印なのだそうです。それにしても、派手なリボンでした。オバマ演説では大きく扱わなかったものの、アリゾナ乱射事件への両院の厳しい姿勢の表れであることは間違いなく、それは同時に間接的ではあるものの、ティーパーティーという「品位に欠ける反対者集団」への「ノー」を示しているようにも見えました。

 そのティーパーティーは、イメージが低下したペイリン女史ではなく、ミッシェル・バックマン議員(下院、共和党、ミネソタ6区、当選3回)が運動を構成する「ティーパーティー・エキスプレス」のサイトにビデオをアップロードするという形で、オバマへの「反論演説」を行いました。この演説に関しては、共和党の「公式反論演説」とは別にやるというのは「党を割る行為」だとか「バックマン議員個人の大統領選への野心を示しているだけ」などと、むしろ共和党側からの批判が大きいようです。

 いずれにしても、演説の冒頭でオバマ大統領とベイナー下院議長が抱擁していたように、激しい対立の後ではありますが、アメリカの政局では「超党派合意の政治」が模索されているのは事実です。それによって、下院での共和党の圧倒的多数という「ねじれ政局」を乗り切ろう、その延長で2012年大統領選での再選を目指そうというのがオバマ陣営の作戦であり、そのことが支持率回復にも結びついているのは事実です。

 日本でも、税制と社会保障の改革、TPP加入の検討など、菅政権は「リベラルな市民運動家」の過去をかなぐり捨てて「中道現実路線」へとシフトしています。にも関わらず与野党は激しく対立したままで、特に自民党は「解散」を声高に叫ぶばかりです。そうは言っても、自民党に深化する危機への対処能力があるなどとは世論は思っていないわけで、一気に解散と政権の再交代へと向かうような世論のモメンタムはありません。

 にも関わらず、どうしても野党としては「解散して信を問う」んだと叫び、そのためには政権の失点を見つけては激しく追及しつつ、あらゆる妥協に応じないことになります。その結果として、予算は通っても関連法案などあらゆる法案は暗礁に乗りあげて、解散の人質となるわけです。では、そもそも議院内閣制では、こうした「ねじれ」が政治をストップするというのは、仕方がないのでしょうか? この問題を解決するには、衆議院の優越の明確化など憲法改正しかないのでしょうか?

 以前にもこの欄で申し上げたのですが、議院内閣制の下でも「首班指名選挙と本予算」以外は党議拘束を解除して、各議員が政党の緩やかな縛りの下で基本的には選挙区の支持者の意見に従った行動を行うようにすれば、超党派合意も可能だし、「ねじれ」の中でも政治を前進させることは可能だと思うのです。今のような政治停滞を続けていれば、国の信用は地に堕ち、国債への格付けは更に下がる一方となるでしょう。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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