コラム

北朝鮮危機、今何を議論しておくべきか?

2010年11月26日(金)13時59分

 北朝鮮による韓国・延坪島への砲撃事件は、今後の展開が大変に気になるところです。感謝祭休暇でほとんど政治が停滞しているアメリカは別としても、各国では対応策の論議が始まったり、この問題に対する危機管理能力を追求すべく野党が声高になったり、様々な動きが始まっているようです。

 例えば日本の場合では、菅政権に対して早速自民党からは「対応が遅い」とか「もっと情報開示を」などという批判がされています。確かに、菅総理のように砲撃事件の第1報を「報道で知りました」などと言って平気な感覚は困ります。堂々とこう言うことを言う背景には、「軍事情報を特殊なルートで得て、国民に隠れたところで判断するような政治家にはなりたくない」という好悪の感覚が見え隠れするからであり、そこには例外的な事態において憲法上の規定によって内閣総理大臣に委任された責任を「行政府という機関」として遂行するプロフェッショナリズムに欠けるニュアンスが感じられるからです。

 仙石官房長官の「自衛隊は暴力装置」という発言も「軍隊が右派クーデター的な行動を取るならば、自分はそれに対抗する側に正義を感じる」というこれまた好悪の感覚が見え隠れします。ここにおいても「文民統制」とは「統制を可能にし有効にするための」文民側の統治のプロフェッショナリズムであるという点を軽視しているニュアンスが感じられます。ちなみに、ここで言うプロフェッショナリズムとは、問題解決のスキルだけでなく、事前もしくは事後に世論と必要なコミュニケーションを取る能力も含みます。

 一方の自民党側が危機管理に優れているのかというと、こちらも右寄りのイデオロギーへの偏りが見られます。端的に言えば、日本の場合、「国際社会に敵対しない歴史観を持っている人間は軍事という問題全体を忌避しようとする」一方で、「軍事を真剣に論議できる人間の多くは排外主義に寛容」という両極端に陥っているように思います。勿論、その中間である人もいないわけではないのですが、問題に対して大声で議論したがる人になると、どうしてもこの両極端に振れがちで、そのどちらも「行き過ぎ」であるように思います。

 ですが、「正しい軍隊を強くしたい」とか「悪しき軍隊の力を削ぎたい」などという世界観を披瀝するだけのゲームというのは、こうした危機の状況になれば役に立ちません。危機が浅いうちは、危機感を背景により一層イデオロギーの舌戦に熱が入ってしまうかもしれませんが、もう少し深くなると実現可能な狭い選択肢を検討しながら実務的な話になってゆくわけで、またそうでなくては危機はコントロールできない、そんな段階に至ると考えられます。そこで本当に政治家や世論が鍛えられるか、そのカギは広義のジャーナリズムにかかっているように思います。

 例えば、内閣が情報を開示していないという野党の批判があるわけですが、危機において情報を開示させる役割というのは、「世論の知りたいことを鋭く追求する」ジャーナリズムの役目です。野党が政争上の得失点のために「政府を追及する」中から情報が出てくるなどという悠長なことをやっているヒマはないのです。また、内閣が素早く情報を整理してカッコ良く発表することがベストでもありません。関係国と必要な協議は行った上で、厳格で効果的なメッセージを内外に発信することが必要であって、地震や津波とは訳が違います。

 具体的には岡崎国家公安委員長が、砲撃事件の第一報を受けても登庁しなかったと批判されている問題などがいい例です。野党は「この事件を契機に北朝鮮系の組織が破壊活動を行うかもしれないので警戒すべき」であり、初動がダメだと批判しています。ですが、そうした警戒というのは専門組織が粛々と進めればいいことで、長官の言動によって「北朝鮮系の組織が怖いから警戒するように」というメッセージを世論に送るのは不必要であり不適当だと思います。

 世論との対話が必要なのは、例えば北朝鮮の政権崩壊が起きた際に難民受け入れをするかどうかという点です。この問題は、政府が意志を固めて準備しておく必要があり、そための決定には世論とのコミュニケーションが欠かせません。破壊活動を行う
人間が入る恐怖心など「異なるもの」を受け入れるコストに耐え得ない、あるいは国内の格差是正に必要なカネもない中で他国の人間を救う決定はできないというのであるならば、「受け入れない」ということをしっかり決めて、関係国に理解させる外交や、海保や海自のオペレーションの訓練などが必要になってきます。以前アメリカが検討していたと言われる「モンゴルの難民キャンプでの一時収容」などで国際社会が対応するのであれば、ヒトとカネを出すことも必要になるでしょう。

 ちなみに「体制は崩壊したが難民は流出しない」という可能性もあります。1つは、中国の人民解放軍が「人道的な治安確保」を口実に一気に流入して戒厳令を敷くというシナリオです。ブッシュ政権時代ならともかく、オバマ=ヒラリーがそんなことを認めるとは思えませんが、仮にそうなれば38度線の緊張と東シナ海の緊張がリンクすることになり、日本も大きな影響を受けるでしょう。このシナリオの場合は、特に拉致事件など人権に関わる被害者の救出や、過去の犯罪行為の事実解明が難航することが予想され、外交上は特に毅然とした姿勢が求められると思います。

 韓国が米国の支援と中国の同意の下に、自力で難民の安全を保全し、そのまま平和裡に統一というシナリオも可能性としてはゼロではありません。その場合は、日本への直接的な影響は少なくなりますが、統一韓国に対して何の「恩」も売れないままに、北半分の戦後補償相当だとカネを要求され、それを呑むかで世論を引き裂かれるというのは、かなり不利なシナリオになります。統一後の混乱に対して韓国が「反日」を国内政治のカードに切ってくる可能性もこの場合は覚悟しなくてはなりません。

 逆に、日本社会として、難民を毅然と受け入れることが周辺国に「戦後の浄化した国体」をアピールするチャンスであり、同時にやがて実現するであろう統一韓国との関係を安定させ、更には隣接する文化圏からの移民労働力獲得にもなるとして、前向きの判断をすることも考えられます。その場合は、難民の武器や身元チェックを「洗練された流れで毅然と」行うセキュリティ体制と同時に「自由の圧倒的な解放感」を難民に実感させる演出や、防疫と難民の健康管理など、実務的に膨大になるであろう準備を早々に始めておかないといけないと思います。

 ここ数日、韓国の各メディアは「砲撃直前に金正日、金正恩の父子が砲撃の実行部隊を視察」したらしいという報道を始めています。砲撃部隊視察などということが事実かどうかは確認する方法がありませんが、そうした論評が出るということは韓国内でこの父子の政権承継を認めないという雰囲気が増していることの証拠ではあるでしょう。北朝鮮の体制崩壊に対して日本がどう対処するか、決定を迫られる時期は意外と早く訪れるかもしれません。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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