コラム

訃報続くヤンキース

2010年07月15日(木)15時37分

 MLBのオールスターゲームは、14年ぶりにナショナルリーグが勝利して、秋のワールドシリーズでの開幕戦の主催権(ホームゲーム・アドバンテージ)を獲得しました。

 久々にナショナルが巻き返した理由は、まず何といっても投手力でしょう。繰り出す投手の全てが超一流で、強打で鳴らすアメリカンの打者も1点に封じられてしまいました。10年連続出場のイチロー選手も今回は完全にお手上げというところです。

 どうして、ナショナルの戦力が上がったのかというと、やはり、ここ数年のフィラデルフィア・フィリーズの躍進が、お互いの補強合戦という動きを招いていること、不況の中でより緻密なチーム編成が求められる状況で、ナショナルの多くの球団がそれに成功し、面白い動きになってきている、などの理由が挙げられます。

 ただ、恐らく本当の理由は、ジェラルディ監督以下、アメリカンリーグに多くの選手を出しているニューヨーク・ヤンキースで、オールスター直前に2件の訃報が駆け巡ったからだと思いますた。1件は、正にオールスター直前に入った、前オーナーのジョージ・スタインブレナー死去のニュースであり、もう1つはその前週に伝えられた、球場アナウンサーのボブ・シェパードの訃報でした。

 スタインブレナーに関しては、日本でも有名だと思いますが、中堅の造船会社の経営から、一念発起してヤンキースを買収、激しい勝利への執着と、独自のビジネスセンスで、名門球団を蘇らせたのは間違いありません。ただ、その手法は実にアクが強いもので、成績が低迷するたびに監督と激しく対立しては更迭し、常に彼をめぐるドロドロとした人間ドラマはニューヨークのタブロイド紙を賑わせ続けたのです。

 ビリー・マーチン、ヨギ・ベラ、ルウ・ピネラといった有名なヤンキースOBたちが、その犠牲になって、志半ばにして監督室から追放されたり、あるいは再任されたと思うと再びクビになったり、翻弄され続けています。最も最近では、4回のワールドシリーズ制覇を誇った名監督ジョー・トーレを確執の果てに解任したドラマでしょう。スタインブレナー死去の数週間前には、そのトーレ監督率いるドジャースが、黒田投手の好投などでヤンキースとの交流戦で一矢報いると言う事件もあり、話題になったものです。

 経営の面でも何かと物議を醸し続けました。例えばテレビ放映権をMLB事務局に一元化されると、今度はヤンキース戦中継の専門局を設立して、川下での利益確保に走ったり、球団の利益に対して事務局が課税を強化すると、かえってトクだからと、新球場を建設して減価償却費と利益を相殺してみたり、アイディアマンであるのは間違いないのですが、相当にガメツイ姿勢であるのは間違いなく、他球団のファン、特にレッドソックスやメッツのファンからは目の敵にされていたのです。

 全国レベルでも、カネに任せた補強や冷酷な人事といった評判はかなり広まっており、そんな意味でも激しいキャラクターであったのは間違いありません。ですが、このスタインブレナー氏の姿勢は、ある意味では全くブレのない、見事なものであったとも言えます。それは、あくまで常勝軍団の維持にこだわったというのは、徹底してファンの期待に応えるためだったという一点です。オーナーといっても、チームを自分の本業の宣伝に使ったり、黒字隠しに使ったりという行為とは無縁であり、正にヤンキースに自分の人生の全てをかけた一生であったのは、間違いありません。

 ボブ・シェパードの人生はその正反対で、球場アナウンサーとして、高齢になるまでマイクを握り続け、静かにその一生を閉じたのでした。ただ、スタインブレナーとのエピソードとしては,1978年に、トレードで獲得した選手の起用法をめぐってクビになったマーチン監督について、ファンが復帰を求めて騒ぎになった際に、最終的にスタインブレナーが「折れた」ことがあります。

 その際に、シェパードが嬉しそうにマーチン監督の復帰が決まったという場内アナウンスをしたことは、今でも語り草になっています。アナウンスという地味な仕事を通して、静かに、そっとファンに寄り添う姿とでも言いましょうか。彼の "Ladies and gentlemen, welcome to Yankee Stadium." という声はヤンキースのファンの耳にはいつまでも残っていくことでしょう。

スタインブレナーは享年80歳、シェパードの場合は100歳を目前にしての死でした。昨年の新球場オープンという事件以上に、一つの時代の終わりを感じさせます。ヤンキースの選手を含むアメリカンリーグは、「弔い合戦」には勝てませんでしたが、スタインブレナー的な発想法からすれば、オールスターより公式戦が大事なわけで、まあこれはこれで仕方がないというところでしょうか。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米当局、ホンダ車約140万台を新たに調査 エンジン

ワールド

米韓、同盟近代化巡り協議 首脳会談で=李大統領

ビジネス

日本郵便、米国向け郵便物を一部引き受け停止 関税対

ビジネス

低水準の中立金利、データが継続示唆=NY連銀総裁
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:健康長寿の筋トレ入門
特集:健康長寿の筋トレ入門
2025年9月 2日号(8/26発売)

「何歳から始めても遅すぎることはない」――長寿時代の今こそ筋力の大切さを見直す時

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット民が「塩素かぶれ」じゃないと見抜いたワケ
  • 2
    皮膚の内側に虫がいるの? 投稿された「奇妙な斑点」の正体...医師が回答した「人獣共通感染症」とは
  • 3
    飛行機内で隣の客が「最悪」のマナー違反、「体を密着させ...」 女性客が投稿した写真に批判殺到
  • 4
    「死ぬほど怖い」「気づかず飛び込んでたら...」家の…
  • 5
    なぜ筋トレは「自重トレーニング」一択なのか?...筋…
  • 6
    顔面が「異様な突起」に覆われたリス...「触手の生え…
  • 7
    アメリカの農地に「中国のソーラーパネルは要らない…
  • 8
    【写真特集】「世界最大の湖」カスピ海が縮んでいく…
  • 9
    「ゴッホ展 家族がつないだ画家の夢」(東京会場) …
  • 10
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 1
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 2
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに感染、最悪の場合死亡も
  • 3
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人」だった...母親によるビフォーアフター画像にSNS驚愕
  • 4
    「死ぬほど怖い」「気づかず飛び込んでたら...」家の…
  • 5
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 6
    中国で「妊娠ロボット」発売か――妊娠期間も含め「自…
  • 7
    皮膚の内側に虫がいるの? 投稿された「奇妙な斑点」…
  • 8
    なぜ筋トレは「自重トレーニング」一択なのか?...筋…
  • 9
    飛行機内で隣の客が「最悪」のマナー違反、「体を密…
  • 10
    20代で「統合失調症」と診断された女性...「自分は精…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 3
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 4
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大…
  • 5
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 6
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果…
  • 7
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅…
  • 8
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 9
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 10
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story