コラム

「戦時」とはほど遠いアメリカ(アフガン増派の背景)

2009年12月04日(金)13時03分

 今週のアメリカで一番のニュースは、オバマ大統領がアフガンへの3万人という兵力増派を発表した火曜日のスピーチだと思います。これで、アフガン戦争は「ブッシュの戦争からオバマの戦争になった」などと色々な論評がされていますし、スピーチに引き続いて水曜日には議会の公聴会で、与野党議員から「オバマのアフガン戦略」は集中砲火を浴びる中、ゲイツ国防長官とヒラリー・クリントン国務長官は必死に政権を代表して防戦に努めていました。

 ではアメリカでは再び血なまぐさい「戦時」の雰囲気が漂い始めているのでしょうか? どうも違うようなのです。今のアメリカは、ようやく不況から脱出できそうだという気配もあって社会のムードは「ぬるい」のです。言い換えれば、アフガンは余りに遠くなったのだし、イラク戦争もほとんど過去形になり、9・11に至っては歴史になってしまったとも言えるでしょう。

 実は今週のアメリカで、ニュースが一番時間を割いていたのはアフガン増派問題ではなかったのです。人々の関心を呼んでいたのは、2つの「スキャンダル」でした。1つはホワイトハウスで行われたインドのシン首相夫妻を迎えての、ステートディナー(国賓晩餐会)への「招かざる客」スキャンダルで、もう1つはゴルフ界のスーパースター、タイガー・ウッズの「交通事故」と家族の不和にまつわる疑惑でした。

 その「招かざる客」というのは、その世界では有名なパーティー荒し(招待されていないパーティーに、ちゃっかり参加してしまう)のカップルで、アメリカのパーティーの中では最高の格式を誇る晩餐会に「行ってみたい」と思っていたのだそうです。そこで実際に行ってみたところ、ID(身分証明書)のチェックだけでゲートをパスしてしまい、あっさり「参加」ができてしまったというのです。勿論、ホワイトハウスの国賓晩餐会に「不審者」が紛れ込んでいたというので、大スキャンダルになりました。数年前なら、テロ事件なみの騒ぎになってもおかしくない、そんな「事件」です。

 ところが、夫妻がホワイトハウスのSPに召喚されて事情聴取を受けたあたりから、風向きが変わりました。誠実に聴取に応じたということで夫妻は「危険人物ではない」ということになっていったのです。更にTVでインタビューに答える中で「国防総省の官吏に、ホワイトハウスの招待客リストに入れて欲しい、と請願したところ『出来るだけやってみる』という返答があり、そのままだったので当日会場に行ってみたら入れてしまった」というストーリーを展開したのですが、世論の「空気」はどうやらこれを許すようなムードなのです。

 というのも、夫妻は、晩餐会の会場で堂々と大統領、副大統領以下のVIPと記念写真に収まっており、その写真がメディアに流れていることから、ホワイトハウスとしても、改めて夫妻を犯罪者として扱うと、却って警備体制の不備について責任問題が出てくるという事情もありそうです。この事件の展開の「ぬるさ」もそうですが、この間の抜けた事件が、「本筋」のはずのアフガン問題よりもメディアでは大きく取り上げられるというのは、やはりそういう世相になってきているのだと思います。

 世間は感謝祭の休暇などもあって、大作映画が公開されるシーズンになりましたが、今年の目玉は『2012』に『ニュームーン』がヒットしてシネコンは活況を呈しています。ですが、この2本の映画にしても、大災害のために人類の生存が危うくなるという設定でのアクション、いわゆる「ディザスター・ムービー」に、人間とバンパイヤの恋物語ということで、本当に平和なムードが漂っています。どちらも危機的な時代にはそぐわないタイプの映画です。

 今回のバラク・オバマによる「アフガン戦争への3万人増派」というのは、そうした世相の中で起きたものです。世間に「テロへの報復」を求める感情も、「再度テロに襲われる」恐怖も、もはやありません。ただひたすらに、これまでの米兵の犠牲をムダにしないために、そして戦闘継続を求める保守派との間で国論の分裂を起こさないためという「現在形のパワーポリティクス」の一環として出てきた判断なのです。今回の増派によって、戦闘が泥沼化してアフガンは「オバマのベトナム」になるという批判がアメリカでも出ていますが、私は違うと思います。オバマも、世論も、アフガンに関しては「いたって冷静」なのです。

 もっと言えば、アメリカにとってアフガンは「他人事」なのです。にもかかわらず、若い兵士を送り込み、アフガンの人々の上に爆弾を落とすというのは大変に罪深いことであるのは間違いありません。ですが、大義を掲げ我を忘れて攻め込むような軍隊と比較すると、結果的に双方のダメージは低く済むのではという見方もできます。ベトナムで地の利を得ずに空爆に走り、枯れ葉剤をまき散らして国内でも孤立していったジョンソン政権とは違い、オバマはアフガンでの事態をあくまで「コントロール可能な」範囲で掌握し続けるでしょう。今回の増派というのは、邪悪すれすれの政治的な計算の産物であって、ギャンブルの要素は少ないように思います。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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