コラム

「05年比で17%削減」アメリカがそんな低い目標でどうする

2009年11月27日(金)11時50分

 12月中旬には、デンマークのコペンハーゲンでCOP15(国連気候変動枠組み条約第15回締約国会議)が開かれますが、オバマ大統領は自身が会議に参加するなど積極姿勢を出そうとしています。京都の枠組みには参加しなかったブッシュ政権とは違いを出そうとしているのですが、肝心の目標数値に関しては「05年比で17%削減」と、何とも低い目標に止まっています。鳩山政権の打ち出している90年比という基準で考えれば横ばいか数パーセントだけの削減、そんな数字です。

 どうしてこんな甘い数字になるのかというと、そこには非常に安易と言いますか、ある意味では戦略的な意図があるように思うのです。それは「これまでのアメリカ人のライフスタイルは変えない」、その一方で「世界のトレンドである新エネルギー戦略ではしっかりトップを走りたい」という実に単純なスタンスです。バイオ燃料、エコカー、太陽エネルギー、風力、新世代の原子力利用といった「金になる新技術」に
は力を入れて削減幅を稼ぐが、それ以外のところでは国民一人一人に負担はかけない、そんな姿勢が見て取れます。

 本当は、国民一人一人に生活のスタイルを変えさせることができれば、かなりの数値が出てくるはずなのですが、不人気を恐れて及び腰というよりは、オバマ大統領以下政権中枢が全く問題意識を持っていないからとも言えるでしょう。ちなみに、アメリカのライフスタイルというのはエネルギーの使い方について言えば「ゾウキンを絞ると水がジャージャー出てくる」どころか「今現在はゾウキンがバケツの水に浸かっている状態」です。にも関わらず、誰もゾウキンを持ち上げて絞ることをしない、それは何故でしょう。

 まず冷暖房の問題があります。アメリカの住宅、オフィス、ショッピングモールなどの冷暖房は、絶望的なまでにエネルギーのムダ使いを続けています。まず冷暖房の温度設定が問題であり、ムダなまでに広大な空間を締め切って一斉に温めたり冷やしたりしている建物の構造が問題であり、二重ドアやエアカーテンなど外気との遮断がいい加減であり、深夜や休日までメインスイッチを切らない垂れ流し運用も横行しているなど、問題だらけです。

 しかも、近年では崩壊したとはいえ不動産バブルのために、住宅1軒あたりの容積は拡大していますし、ショッピングモールもオフィスも巨大化の一途を辿っているのです。一方で、クールビズやウォームビズなどの運動は皆無、相も変わらず暑い冬と寒い夏のためにバカバカしいほどのエネルギーを消費しているのです。この問題が1つ。

 そして次は格差と治安の問題です。どうしてアメリカがクルマ社会なのかというと、その原因の1つにはバスが普及していないからという問題があります。どうしてバスが普及していないのでしょう? アメリカでも全国津々浦々に路線バス網は張り巡らされています。ですが、運行本数は限られていますし、実際にカバーしている地域の中での利用率は伸びていません。どうしてかというと、「バスは貧困層の乗り物であり、車内の治安が悪い」というイメージが定着しているからです。

 例えば、10月にはペンシルベニア州のフィラデルフィア市で「セプタ」という第3セクターのバス交通が、組合のストライキで1週間止まりましたが、大きな混乱はありませんでした。利用しているのは低賃金で組合に守られた労働者が多く、主旨に連帯しているか、労働法で守られているのでストで通勤ができなくなっても困らない、一方で民間の管理職など中間層以上はクルマ通勤なので困らないというわけです。一見すると収まりの良い社会に見えますが、どこかが根本的に間違っていると思います。

 NYなどでは改善されたとはいえ、地下鉄も決してイメージは良くありません。中には「均一料金で郊外の貧困層が通勤に流入すると街が荒れるから」という理由で、地下鉄建設計画に反対運動が起きたりするぐらいです。治安に関して言えば、深夜の人のいないショーウインドウやオフィスに煌々と明かりがついているのも同じように治安が悪いからです。その背景には銃が野放しという問題があるのです。

 とにかく、アメリカがこうしたライフスタイルの改善を行うことは、地球レベルで要請されていることであり、それこそ「やればできる」問題なのだと思います。産業1つ諦めるとか、GDPのマイナスを覚悟するなどという悲壮な覚悟は不要なのです。バケツいっぱいの水の中に放置されたゾウキンを、まずは拾ってみることです。鳩山首相もアメリカ生活が長く、この問題には気づいておられるはずですから、真剣にオバマ大統領に迫るべきでしょう。「05年比で17%削減?」 冗談ではありません。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

焦点:トランプ税制法、当面の債務危機回避でも将来的

ビジネス

アングル:ECBフォーラム、中銀の政策遂行阻む問題

ビジネス

バークレイズ、ブレント原油価格予測を上方修正 今年

ビジネス

BRICS、保証基金設立発表へ 加盟国への投資促進
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプvsイラン
特集:トランプvsイラン
2025年7月 8日号(7/ 1発売)

「平和主義者」のはずの大統領がなぜ? 核施設への電撃攻撃で中東と世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギに挑んだヘビの末路
  • 2
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 3
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコに1400万人が注目
  • 4
    【クイズ】「宗教を捨てる人」が最も多い宗教はどれ?
  • 5
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸…
  • 6
    ワニに襲われた直後の「現場映像」に緊張走る...捜索…
  • 7
    職場でのいじめ・パワハラで自死に追いやられた21歳…
  • 8
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた…
  • 9
    吉野家がぶちあげた「ラーメンで世界一」は茨の道だ…
  • 10
    為末大×TAKUMI──2人のプロが語る「スポーツとお金」 …
  • 1
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で大爆発「沈みゆく姿」を捉えた映像が話題に
  • 2
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた発見の瞬間とは
  • 3
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 4
    突然ワニに襲われ、水中へ...男性が突いた「ワニの急…
  • 5
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 6
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギ…
  • 7
    夜道を「ニワトリが歩いている?」近付いて撮影して…
  • 8
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 9
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコ…
  • 10
    砂浜で見かけても、絶対に触らないで! 覚えておくべ…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 7
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 8
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 9
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 10
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story