コラム

鳩山首相「国連総会演説」は100点満点で何点?

2009年09月23日(水)11時14分

 鳩山首相もスタンフォードの博士課程では苦労されたと思いますから、アメリカの「テストの点数」には敏感かもしれません。というのも、A評価というのは試験やその他の要素を足して90%に達していないとダメという厳しい掟があり、しかもその成績はGPAという平均点の構成要素として一生ついて回るからです。さて、その鳩山首相が今回、国連総会での演説で「外交デビュー」を果たしました。演説は成功だったのですが、100点満点で採点するとどうでしょう? 90点以上のA評価ということにしても問題ないのですが、ここは辛口に88点の「Bプラス」評価ということにしておきましょう。

 とにかく成功したということは間違いありません。「90年比25%削減」という数字をしっかり主張して国際協調を要請したこと、途上国にも理解を強く求めつつ支援策の枠組みを示したこと、12月のコペンハーゲン会議へ向けての意欲を示したこと、この3つのメッセージは確かに伝わりました。英語もよどみがなく、日本の首脳の演説としては恐らく初めて「聞いていて何を言っているのか分かる」と同時に、「本人が一語一語を分かって言っている」演説でした。後者は特に大事で、これがないと言葉のパワーはほとんどゼロになるのですが、その点では見事でした。

 セッティングも絶妙でした。アメリカのオバマ大統領、モルジブのナシード大統領(海面上昇で国土水没の危機に直面)、中国の胡錦濤主席、そしてその次という順番でした。会議としては問題点がだいたい出揃ったところで、鳩山首相が「25%」を提案するという格好になっており、これは効きました。胡錦濤主席の次というのも絶妙で、主席が北京語の演説だったのに対して、鳩山首相は英語、主席のスピーチにしては「中国にしてはまあまあこの問題に前向きのポーズを取ってきたな」という拍手が最後に出た(かなりの拍手でしたが)だけなのに対して、鳩山首相の場合は「歴史的な選挙で政権を取った」という部分、25%の部分、そして最後と何度も拍手を受けていました。

 考えてみれば、NY時間前日の鳩山=胡会談では「友愛」とか「共同体」という言葉が頻用され、中には「これでは中国相手に軟弱だ」という批判も出ているのですが、とにかくニコリともしないで「友愛」「共同体」と言いながら、翌日には国連総会の場という大舞台で「25%」というプレッシャーを、これまた大真面目で突きつける、その姿勢はなかなかどうして大したものです。外交に向くキャラクターということは言えても、軟弱でも何でもないと思います。

 ちなみに私はEUの事例を参考にして、「アジア共同体」が成立する条件とは(1)域内全域での民主政体の実現、(2)全域での基本的人権の「高い方の水準への統一」、(3)域内でのあらゆる国境紛争の解決、の3条件が必要であり、共同体を推進するということはこの3条件を達成することだと思います。その意味で、共同体構想とは独裁を続ける中国の覇権拡大などというイメージの対極にある発想であり、それを軟弱外交などと非難するのは全くの勘違いだと思うのですが、この点に関しては鳩山首相は「知らんぷり」のポーカーフェースを貫くでしょう。それはそれで良いのだと思います。

 また、「25%」を達成するには日本の場合、GDPで3.2%ダウン、一世帯あたり36万円の負担という報道があります。ですが、どう考えても「厳しめの国際目標」があった方が日本の環境技術には有利なはずで、どうしてそうした「敗北のシナリオ」になるのか、良く分かりません。鳩山政権の経済政策は「内需」にフォーカスしているのは分かるのですが、先端的な環境技術に関しては貪欲に「外需」も追及して国富巻き返しのチャンスにすべきだと思うのです。

 それはともかく、そんなに成功した演説であるのならどうして「A評価」ではないのかというと、原稿について6点減点、パフォーマンスについても6点減点だからです。まず原稿ですが、とにかく結論ばかりでガチガチと言いますか、余計な部分がなさ過ぎるのです。日本の文化から自然との共生を訴えるとか、日本では冷暖房や照明のムダが問題になっており「もったいない」という言葉があるのでそれを広めたいとか、何か雑談的な「リリーフ(ホッとする小ネタ)」があっても良かったと思うのです。それと "thus" (従って)という表現が目立つなど、必要以上に英語が堅かったように思いました。間違ったところはなかったようですが、本当に首相本人の表現したいニュアンスを理解した上でネイティブチェックをかけてくれるアドバイザーを置くなど、今後に備えることは必要だと思います。

 パフォーマンスに関しては、歴代首相とは比較にならないのは間違いないのですが、今後のことを考えるとやはり硬さが気になりました。原稿の行を指でなぞるというのは、読み飛ばしを避けるためには良いのですが、練習量があれば避けられると思います。また何度も読んで、どうしても自分のリズム感に合わないところはスピーチライターに直させるといった作業があまり出来ていなかったように思いました。というのは、発音を間違ったり、文章の切れ目がヘンになったりということはなかったのですが、途上国の目標達成のために「経済的な援助をする」という部分がやたらに強調されたり、全体的にリズムは今ひとつだったのです。聴衆へのアイコンタクトもかなりありましたが、更にもう少し増やすともっと好感度が増したように思います。その意味でプロンプターも1つの選択肢にはなるでしょう。

 どうして細かなことをうるさく申し上げるのかというと、総理大臣というのは、自分の英語力を過信してはいけないと思うからです。総理個人の言語能力について本人が妙な自信を持ってしまうと、思わぬ勘違いやコミュニケーションミスが起きてしまうのは、麻生前総理の「みぞうゆう」など日本語の誤読事件でも明らかだからです。その意味で、今回のパフォーマンスは、発音やリズムについて厳しく注意してくれるアドバイザーがもしかしたら十分に機能せず、たまたま自己流で出来てしまったという気配があります。もう1つの可能性は、役所から「ガチガチのトンデモ英語」の草稿が上がってきて、総理自身もその周辺も時間の関係で、直しきれなかったという可能性です。それはそれで、結果はトップの責任でしょう。辛口の採点になったのは、そうしたあたりです。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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