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冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代
健保改革反対派の情念とは?
昨年の選挙戦を通じてオバマ大統領が訴えてきた「健康保険改革」は、新政権の目玉といって良いでしょう。大統領自身は絶対に実現するという気負いがあるのも分かります。ただ、2008年9月の「リーマンショック」以来の経済危機という情勢下、「危機対応」ではなく「旧政権当時にはなかった新しい政策へのチェンジ」となるこの健保改革を「このタイミングで」実施することには意見が分かれるのも仕方がないとも言えます。
ですが、大統領は今のところ「改革の旗」を下ろしてはいません。それどころか、全国を回って反対派との対話集会(タウンホール・ミーティング)を続けていますし、上下両院の有力議員たちも同じように様々な形で選挙民との対話を続けています。そのタウンホール・ミーティングですが、ある程度予想されたこととはいえ、かなり荒れています。
ペンシルベニアで最近共和党から民主党に鞍替えしたばかりのスペクター上院議員が「会場のほぼ全員が反対派」という集会で孤軍奮闘する映像が、TVのニュースで何度も流れましたし、「健康保険の社会主義化(ソーシャライズ)絶対反対」であるとか、「イギリス、カナダ方式の公営保険は要らない」というプラカードを掲げたデモ隊の姿も繰り返し報道されています。中には、強引に健保改革を進めるオバマ大統領をヒットラーやナチスにたとえるような「反対派」まで登場する始末です。
こう申し上げると、ここ数年の間、静かになっていた「草の根保守」が復活しつつあるとか、黒人大統領を好まない保守派がここぞとばかりに暴れ始めたという印象を抱く方もあるかもしれません。ですが、私の見るところ、ちょっとニュアンスが違うように思います。「草の根反対派」のコアにあるのは、イデオロギーではないように思うのです。
というのは、とにかく「今までそれなりの仕事について、それなりの保険に入っていた」人たちは、保険のある有り難みよりも保険に関わる諸々の制約に「頭に来ていた」ということがあり、健康保険に関して「これ以上、条件が悪くなるのは耐えられない」という思い詰め方をしているのです。では、彼等が何に「頭に来ていた」のかというと、(1)好きな医者にかかれない、(2)手術などの際に保険がカバーしないからと入院1日で追い出される、(3)MRIとかCTなどの高額の検査の場合は保険承認を得るのが大変、つまり最先端の治療がなかなか受けられない(4)診療1回の自己負担額がジリジリ上がってきている、というような「これまでガマンしていた怒り」です。
こうした怒りを腹の底で抱えていながらも、それもこれも「民営という経済合理性」のためには仕方がない、仮に経済合理性を外したら医療費は青天井になってしまう、という理解をしてガマンしていた、それが「今までそれなりの保険に入っていた人」の思いだと思います。そこへオバマが「パブリック・オプション」という公設保険構想を持ち出したのです。すると彼等は、(1)これまでの自分たちの苦労は何だったんだ?(2)公費で楽に保険に入る連中が増えたら、民間の保険会社は収益が圧迫されて結局俺達の保険の条件が悪化するんじゃないか? というような「反対派のプロパガンダ」にサッと乗せられてしまったのです。
決定的だったのは「パブリック・オプション(公設保険構想)が実現したら、自分の会社はケチだから会社ぐるみでパブリック・オプションに加入してコストダウンを狙うんじゃないか? そうしたら今の条件よりずっと悪くなるに決まっている」という懸念、というより恐怖でした。この点が騒がれるようになった時点で、反対論が加速したように思います。一言で言えば、イデオロギーの情念が先にあったのではなく、今までの保険へのガマンをしていた鬱積したものが「イデオロギー的な枠」に乗っかってオバマ案へのアンチになっている、そして「俺達が僅かでも損する案は絶対反対」という意固地になっているというのが真相だと思います。
そんな中、自分は無保険という層の「元気なオレまで保険に入れられて保険料を取られるのは反対」とか、富裕層の「保険改革の財源に増税されるのはガマンできない」という声も合わさって、政治的には混迷が深くなってきました。オバマ大統領はその辺りは全て分かっているようですが、あくまで「話せば分かる」という姿勢を貫いている点、いかにもオバマらしいとはいえ、先行きは不透明です。一部民主党議員の造反の動きもあり、またオバマ大統領自身が「コロッ」と「パブリック・オプション」を引っ込めるという可能性もゼロではなく、今週現在の情勢は極めて流動的です。
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