コラム

完璧な葬送~マイケル・ジャクソン追悼式

2009年07月08日(水)15時02分

 兄のマーロン・ジャクソンがジャクソン家を代表するかのようなエモーショナルな弔辞と列席者への謝辞を述べた後、マイクは妹のジャネット・ジャクソンに渡されました。場内も、そしてTV中継を見ていた世界中のファンも、ジャネットの弔辞が2時間にわたる追悼式の締めくくりになると信じて疑わなかったと思います。私もそうでした。

 ですが、ジャネットはマイクのスタンドをずいぶんと低く下げるのです。おやっと思って見ていると、マイクの前に立ったのはマイケルの長女、パリスでした。叔母のジャネットから「大きな声でね」と励まされると、パリスは毅然として述べたのです。「わたしがこの世に生まれてからずっと、わたしのダディは誰から見ても最高のお父さんでした。一言だけ言わせて下さい。私はお父さんが大好きです」 そういって泣き崩れるパリスをジャネットは抱きしめていました。

 11歳のあどけないパリスが、世界中の人々の涙を誘ったその瞬間、マイケル・ジャクソンという人間の「クオリティ」の評価が定まったと言って良いでしょう。芸能を稼業とするファミリーには、子役にスピーチをさせるなど「お手のもの」という批判は簡単ですが、こうした感情的な大舞台で父への愛を語れる子供というのは、そうはいません。マイケルの子供というと、メディアの前ではマスクをさせられており、いかにも「世間から隔絶されて甘やかされてきた」というイメージを持たれていましたが、決してそうではなかったのです。

 パリスの兄のプリンスの方は、式の間もガムを噛んでいたり「やんちゃ」な雰囲気を残していましたが、2人とも終盤に『ウィ・アー・ザ・ワールド』の大合唱になったときには、幻のロンドン公演のメンバーと肩を組んで歌っていました。そんな光景、そしてパリスの見事な挨拶を通じて、ファンは「父の伝説を背負ったマイケルの遺児」の存在をこの目で確かめることができたのです。その子供たちこそ、マイケルのこの世に生きた証に他なりません。

 それにしても、完璧な葬送でした。マライア・キャリーの「こぶしを回す」ようなビブラートが今日は痛々しいほどの慟哭に聞こえたこと、スティービー・ワンダーがオリジナル曲の中で「マイケルは逝ってしまった」と歌った瞬間の胸を切り裂くような悲痛、幼ない日のロマンチックな感情の交流を隠さなかったブルック・シールズの弔辞にあった人生の苦い味、その直後、長兄ジャーメインが披露したマイケルのお気に入りの歌、その中の「どんなに心が痛むときも微笑みを忘れずに・・・」という歌詞に泣き崩れそうになったジャーメインの表情・・・その全てが完璧でした。

 アメリカのTVは3大ネットワークもケーブルニュース各局も、今日はずっとマイケル報道一色です。報道の規模ということでは、最近の大統領経験者の葬儀、レーガン、フォード、ニクソンなどの扱いをはるかに越えています。「オバマ就任」の際の熱狂ぶりと同じというのですからただ事ではありません。多くの人が口を揃えて「期待をはるかに上回る素晴らしい式だった」と言っています。このような完璧な葬送を私は見たことがありません。そして、それはひたすらに悲しい葬送でもありました。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

FRB、年内は金利据え置きの可能性=ミネアポリス連

ワールド

ロシアとウクライナの化学兵器使用、立証されていない

ワールド

米、イスラエルへの兵器出荷一部差し止め 政治圧力か

ワールド

反ユダヤ主義の高まりを警告、バイデン氏 ホロコース
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:岸田のホンネ
特集:岸田のホンネ
2024年5月14日号(5/ 8発売)

金正恩会談、台湾有事、円安・インフレの出口......岸田首相がニューズウィーク単独取材で語った「次の日本」

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「真の脅威」は中国の大きすぎる「その野心」

  • 2

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 3

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが...... 今も厳しい差別、雇用許可制20年目の韓国

  • 4

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 5

    単独取材:岸田首相、本誌に語ったGDP「4位転落」日…

  • 6

    翼が生えた「天使」のような形に、トゲだらけの体表.…

  • 7

    中国軍機がオーストラリア軍ヘリを妨害 豪国防相「…

  • 8

    デモを強制排除した米名門コロンビア大学の無分別...…

  • 9

    ハマス、ガザ休戦案受け入れ イスラエルはラファ攻…

  • 10

    プーチン大統領就任式、EU加盟国の大半が欠席へ …

  • 1

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 2

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロシア空軍基地の被害規模

  • 3

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 4

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミ…

  • 5

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 6

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 7

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 8

    ロシア軍の拠点に、ウクライナ軍FPVドローンが突入..…

  • 9

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが......…

  • 10

    「500万ドルの最新鋭レーダー」を爆破...劇的瞬間を…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

  • 10

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story