コラム

ボストンで「愛国」を考える

2009年07月06日(月)11時50分

 ボストンには何度か行ったことがあるのですが、今年はたまたま7月4日の独立記念日(ジュライ・フォース)に家族と訪れていて、折角の機会ということで有名な花火大会を見てきました。この独立記念日の花火というのは、私の住んでいるニュージャージーでも各地で開催されますし、フィラデルフィアやニューヨークのものも有名です。ですが、やはりこのボストンのものは、独特の風情がありました。

 ボストンは、ここ20年間、この独立記念日に雷雨に襲われたり、寒さをガマンしての花火見物だったり、異常気象に悩まされていたそうなのですが、今年は雲一つない晴天、風もなく雷雨の予報もないということで「ハーフミリオン」つまり50万人が繰り出したといいます。実際に花火が佳境を迎える時間に、会場を横断してみた私たちには本当に信じられないほどの人出を目にすることができました。

 それにしても、このボストンを中心とした「ニューイングランド」の人々の気質というのは、知識として知ってはいたのですが、実際に経験してみると様々な驚きがありました。まず、何といっても粘り強いという特質があります。この花火大会が良い例で、打ち上げの佳境は午後10時を回ってからという「宵っ張り」のイベントなのですが、場所取りは朝から始まっていました。チャールズ川の河畔の「一等地」には万が一の雨に備えてテントを張ったり、折りたたみ式のイスを持ち込んだり、丸一日をかけての「長期戦」なのです。

 地元のTVでは、この「花火を待つ12時間も楽しみのうち」だと言っていましたが、そうした粘り強い気質がこの「建国ゆかりの地」からアメリカの「国のかたち」に根付いているというのは発見でした。そういえば、現在の黄金時代を迎えるまでのボストンレッドソックスは「バンビーノの呪い」にかかって優勝から遠ざかっていたと言われますが、その呪いの期間は実に「1919年から2003年」までの足かけ85年間という気の遠くなるような長さです。これもそうした気質の反映でしょう。

 もう一つは「愛国=ペイトリオリズム」の性格です。今回の花火大会でも、ファントム戦闘機4機が轟音と共に飛来したり、軍人の顕彰があるなど、いわゆる「国家への忠誠」とか「敵に対抗した団結」を象徴するような光景がありました。それが「建国記念の愛国心」ということだったのなら、それは「どんな国にもあるナショナリズム」と何ら変わりはないことになります。

 ですが、どうもそれだけではないのです。ボストンを代表するNFLのフットボールチームがペイトリオッツ(愛国者)と名付けられているのは、このペイトリオッツというのが「英国との独立戦争に立ち上がった人々」という意味だからなのです。そして、この独立の英雄の精神は「アメリカ建国の理念」ということにつながってゆきます。ですから、このボストンでは「独立記念日の花火」とは建国の理念を祝うという意味合いもひときわ濃いのです。

 今年の場合はオバマ大統領への賛辞も目立ちましたし、ハーバードの黒人教授によるリンカーン大統領の黒人解放への賛歌の朗読といった政治色の強い内容も入っていました。そこには、ある底抜けに楽天的な「アメリカ民主主義」への信頼があり、同時にその理想を実現するための粘り強さが感じられました。上院議員の2議席について、エドワード・ケネディとジョン・ケリーの2人を選出し続けている土地柄ならではというところです。

 いわば草の根リベラルの面目躍如というところですが、こうした心情はボストンの地方色だけでなく、アメリカの「国のかたち」の根深いところに継承されている思想だとも言えるでしょう。アメリカと付き合ってゆくと言うことは、このアメリカ独自の「愛国心」を理解し付き合ってゆくということに他なりません。11時という夜更けまで、これでもかと夜空を染め爆音を轟かせる花火と、それを満面の笑みを浮かべて見ている人々を見るに付け、そのことへの思いを新たにしました。

 アメリカ独自の「愛国心」に対して、例えば「君主への忠誠」であるとか「緊急避難的な開発独裁への権限集中」などのことを「同じ愛国心」だといってみても、アメリカ人にはまるで理解されないということが1つ、そしてアメリカが例えば今回の経済危機でもそうですが、イザという時に見せる粘り強さを甘く見てはいけないということは、忘れてはならないと思います。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

テスラに2.43億ドルの賠償命令、死傷事故で連邦陪

ビジネス

バークシャー、第2四半期は減益 クラフト株で37.

ビジネス

クグラーFRB理事が退任、8日付 トランプ氏歓迎

ビジネス

アングル:米企業のCEO交代加速、業績不振や問題行
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプ関税15%の衝撃
特集:トランプ関税15%の衝撃
2025年8月 5日号(7/29発売)

例外的に低い日本への税率は同盟国への配慮か、ディールの罠か

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    メーガンとキャサリン、それぞれに向けていたエリザベス女王の「表情の違い」が大きな話題に
  • 3
    12歳の娘の「初潮パーティー」を阻止した父親の投稿がSNSで話題に、母親は嫌がる娘を「無視」して強行
  • 4
    オーランド・ブルームの「血液浄化」報告が物議...マ…
  • 5
    カムチャツカも東日本もスマトラ島沖も──史上最大級…
  • 6
    ハムストリングスは「体重」を求めていた...神が「脚…
  • 7
    いま玄関に「最悪の来訪者」が...ドアベルカメラから…
  • 8
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅…
  • 9
    すでに日英は事実上の「同盟関係」にある...イギリス…
  • 10
    なぜ今、「エプスタイン事件」が再び注目されたのか.…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅で簡単にできる3つのリハビリ法
  • 3
    12歳の娘の「初潮パーティー」を阻止した父親の投稿がSNSで話題に、母親は嫌がる娘を「無視」して強行
  • 4
    日本人の児童買春ツアーに外務省が異例の警告
  • 5
    いま玄関に「最悪の来訪者」が...ドアベルカメラから…
  • 6
    枕元に響く「不気味な咀嚼音...」飛び起きた女性が目…
  • 7
    【クイズ】1位は韓国...世界で2番目に「出生率が低い…
  • 8
    カムチャツカも東日本もスマトラ島沖も──史上最大級…
  • 9
    一帯に轟く爆発音...空を横切り、ロシア重要施設に突…
  • 10
    オーランド・ブルームの「血液浄化」報告が物議...マ…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 3
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅で簡単にできる3つのリハビリ法
  • 4
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が…
  • 5
    幸せホルモン「セロトニン」があなたを変える──4つの…
  • 6
    囚人はなぜ筋肉質なのか?...「シックスパック」は夜…
  • 7
    「細身パンツ」はもう古い...メンズファッションは…
  • 8
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップ…
  • 9
    ロシアの労働人口減少問題は、「お手上げ状態」と人…
  • 10
    いきなり目の前にヒグマが現れたら、何をすべき? 経…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story