コラム

訃報の続くアメリカ芸能界

2009年06月29日(月)14時18分

 ここ1週間、アメリカの「エンタメ」ニュースでは、訃報ばかりが相次いでいます。世界的に有名なのは、6月25日に亡くなったマイケル・ジャクソンと、ファラ・フォーセットですが、その他にも、この2人の2日前には、60年代から80年代にかけてお笑いTV番組『トゥナイト』で司会のジョニー・カーソンの相方を務めていたエド・マクマホンが亡くなっています。

 また、この3人ほど「ビッグ」な存在ではありませんが、28日の日曜日には洗剤のコマーシャルで商品を売り込む独特のキャラが有名だったビリー・メイズという異色タレントが急死しています。いくら裾野の広いアメリカの芸能界といえども、1週間に4人の訃報というのはちょっと異常です。

 天寿を全うした感のあるのはマクマホンだけで、フォーセットはガンとの壮絶な闘病の末の62歳の死でした。ニュースとしてある程度世間的な覚悟ができていたのは、この2人の場合までで、ジャクソン急死の衝撃は週末を越えても続いていますし、メイズの場合も知名度のある人だけにショックはかなりのものがありました。死亡前夜に乗っていた飛行機の着陸の際に頭部を打ったのが死因ではないかと言われていますが、真相はまだ分かりません。

 この4人は、ジャンルも芸風も全く重なる部分がないのですが、訃報が重なることの相乗効果はどうにも否定できません。特にビリー・メイズの場合は、知名度は完全にアメリカ国内だけとはいえ、TVで有名なキャラクターだけに日曜日の訃報には「えっ、メイズまで?」という驚きが全米に走りましたし、漠然とではありますが、この週末、アメリカでは人の人生、人の運命といったものに人々が思いを寄せる、そんなムードが出来上がってしまったようです。

 ケーブル局のMSNBCでは、マイケル・ジャクソンの有名な2003年の独占インタビュー 「Living with Michael Jackson」を繰り返し繰り返し放映していました。父からの虐待の話、金銭感覚がマヒしている姿、そして容貌の変化をあくまで自然現象と言い張るシーンなど、当時は「奇行」として白眼視もされた「真実の姿」でしたが、本人がこの世にいなくなった現在では、ただただこの異常な天才の孤独が痛切に伝わって来るのです。私には何度か思わず顔を背けてしまう瞬間がありました。

 同じMSNBCでは、ファラ・フォーセットの闘病記も放映されていました。本当に苦しく長いガンとの闘病だったのですが、亡くなる直前に、長年にわたる愛憎のパートナーであるライアン・オニールからの求婚を受諾し、そのまま逝ったというエピソード、そして闘病記の中でそのオニールが語っていた「ファラとの間には本当にビューティフルな人生の瞬間がありました」という一言は救いであり、悲報の中にも人生の滋味を感じさせるものでした。

 この週末、アメリカは完全に喪中でした。それぞれの訃報が人々の思いを過去へと向かわせる中、かつては愛憎にまみれていた偶像のイメージが静かに人々の中で浄化されて行く、そんな静かな時間が流れています。逝去から丸3日が過ぎた現在、マイケル・ジャクソンのことをスキャンダラスな存在と言う人はいなくなりました。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

テスラに2.43億ドルの賠償命令、死傷事故で連邦陪

ビジネス

バークシャー、第2四半期は減益 クラフト株で37.

ビジネス

クグラーFRB理事が退任、8日付 トランプ氏歓迎

ビジネス

アングル:米企業のCEO交代加速、業績不振や問題行
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプ関税15%の衝撃
特集:トランプ関税15%の衝撃
2025年8月 5日号(7/29発売)

例外的に低い日本への税率は同盟国への配慮か、ディールの罠か

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    オーランド・ブルームの「血液浄化」報告が物議...マイクロプラスチックを血中から取り除くことは可能なのか?
  • 3
    12歳の娘の「初潮パーティー」を阻止した父親の投稿がSNSで話題に、母親は嫌がる娘を「無視」して強行
  • 4
    日本人の児童買春ツアーに外務省が異例の警告
  • 5
    カムチャツカも東日本もスマトラ島沖も──史上最大級…
  • 6
    メーガンとキャサリン、それぞれに向けていたエリザ…
  • 7
    いま玄関に「最悪の来訪者」が...ドアベルカメラから…
  • 8
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅…
  • 9
    ハムストリングスは「体重」を求めていた...神が「脚…
  • 10
    枕元に響く「不気味な咀嚼音...」飛び起きた女性が目…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅で簡単にできる3つのリハビリ法
  • 3
    日本人の児童買春ツアーに外務省が異例の警告
  • 4
    12歳の娘の「初潮パーティー」を阻止した父親の投稿…
  • 5
    囚人はなぜ筋肉質なのか?...「シックスパック」は夜…
  • 6
    いま玄関に「最悪の来訪者」が...ドアベルカメラから…
  • 7
    いきなり目の前にヒグマが現れたら、何をすべき? 経…
  • 8
    枕元に響く「不気味な咀嚼音...」飛び起きた女性が目…
  • 9
    【クイズ】1位は韓国...世界で2番目に「出生率が低い…
  • 10
    カムチャツカも東日本もスマトラ島沖も──史上最大級…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 3
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅で簡単にできる3つのリハビリ法
  • 4
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が…
  • 5
    幸せホルモン「セロトニン」があなたを変える──4つの…
  • 6
    囚人はなぜ筋肉質なのか?...「シックスパック」は夜…
  • 7
    「細身パンツ」はもう古い...メンズファッションは…
  • 8
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップ…
  • 9
    ロシアの労働人口減少問題は、「お手上げ状態」と人…
  • 10
    いきなり目の前にヒグマが現れたら、何をすべき? 経…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story